なぜそういうこととがわかるかというと、私の財務相談室にお見えになるのは、夫婦で来る人もあるが、男よりも女が一家を代表して相談にくるのが多いからである。日本の女の人は家の中に引っ込んでいるから世間のことも経済のことも知らないのではないかと思いがちであるが、事実はその逆で、女の方が世情にたけている場合が少なくないのである。そういう目で見ると、日本人の女と中国人の女が一見、似ていないように見えるのは表面だけで、やはり人間は「似ていない部分」よりも「共通した部分」の多いことがわかるのである。つまり日本の男たちの威張り方は、張り子の虎みたいなところがあって、社会習慣でそうなっているだけのことで、本当に強いのではない。昔の女たちが、男のあとから少し遅れて歩いたからといって、日本の女が男よりも弱いという証明にはならないのである。
現に群馬県に行くと、戦前からすでにカカア天下というのがあった。高崎の周辺は、一家をあげて労働に従事する家内工業が多かった。女も男と同じようによく働き、稼ぎをあげていたから、その分だけ女の発言権が強くなったのだと言われている。最近では日本国中が夫婦共稼ぎの社会風潮になって、主婦の六割が職につくようになったから、家の中の財政ばかりでなく、収入の一端もになうようになり、女性の発言権はますます強くなっている。それは子育てが終わってヒマがあるようになった中年にまで及んでいるが、これから新しい家庭を持つ若い人たちの間では、はじめから常識として定着している。
中国大陸では一足先に、男も女も働きに出るようになったので、家事の分担も、男が女と同じようにやるようになったが、日本でも男の飯炊きや皿洗いはだんだん珍しくなくなってきた。あとは日本人の女性に天下をとるだけの知恵があるかどうかだが、おそらく女の知恵は世界共通だから、いよいよ亭主関白にとって、住みにくい時代が来たといってよいのではあるまいか。
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