転職の行動学

配偶者よりも仕事を探すのが先
男は二十七歳になると、どういうわけだか、俄にアセリが出てくる。どうしてそうなるのか、なぜ二十六歳でもなく、二十八歳でもないのか、実のところ、私にもよくわからない。二十七歳になると、結婚したものかどうか迷うようになるが、こういうのを年頃とでもいうのだろうか。
二十七歳前の男は会社勤めをしていても、学生気分がぬけず、オトナたちに対して学生の側に立った批判の目を向ける。会社に忠誠心を持った先輩をせせら笑い、仕事第一で残業を物ともしない中年男を「目的と手段をはき違えた人」のようにバカにする。ところが二十七歳を境にして、年をとっていく方の引力の方が強くなって、これから先どうなるのか、仕事はどうやってやればよいのか、財産をつくるのにはどうすればよいのか考えるようになると、見違えるほどオトナになる。
そうなると、今までバカに見えた人が急に偉く見えるようにもなるし、今まで夢見ていた事が音を立てて瓦解して大言壮語していたのがすっかり凋んで、人が変わったようにつまらない男になってしまう。「昔、学生運動の闘士、いま資本家の走狗」といった姿を見せられることがあるが、あれを見ていると老年になっても、まだウワゴトをいい続けた羽仁五郎のような人がまだましだという気もしてくる。男はいくつになっても、青年時代の夢を忘れず、仕事のうえでもその情熱を持続することが大切だと私は思っている。
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