日本は農業国の時代からサービス先進国だった

産業活動はふつう、生産、流通、サービスの三部門に分類される。今日本人が世界中から注目を浴びているのは、生産部門における才能であり、日本人の新しく生み出した富の大半は工業生産によってつくり出されたものである。したがって今ではどこの国の人も、富を生み出すものは工業生産であると信じ込んでおり、サービス業などつけ足しだくらいに考えている。経済学の本をひらいても、サービス業について記述されているものはほとんどない。
現にほんの二十年前は、バーとか、ダンスホールとか、クラブとかを非生産的な産業と決めつけ、一方でどこの工場でも人手不足に悩んでいるというのに、水商売で働く女性が一○○万人もいるとは何たることだ、と松下幸之助さんが慨嘆していたのをどこかの雑誌で読んだ記憶がある。サービス業は日本ではまともな商売と考えられておらず、とくに産業界全体が資金不足に悩んでいたあいだは、銀行の融資の対象からさえはずされていた。しかし、サービス業はどこの国でも、歴史と共に長いものであって、職業の斡旋をする口入れ屋もサービス業なら、宿場や女郎屋もサービス業である。太鼓持ちもサービス業なら、湯屋や床屋や芝居小屋もサービス業である。この世の中に権力者がいる限り、またサービスに対してお金を払う人がいる限り、サービス業は必ず専門化し、商売として立派に成り立つものである。
たとえば、「茶道」は日本文化を代表する一方の旗頭であるが、もとはといえば、宋朝から明朝初期にかけて大陸から日本に伝来したものであり、日本へ来てから独自の発展をして芸術にまで昇華したものである。その宗家にあたる裏千家とか、表千家といったお茶の宗匠はいつも時の権力者や実力者から鄭重に扱われてきたが、茶道とは何かということになれば、お茶を入れてお客に出す手順のことだから、サービス業の一種であろう。コーヒーを出すのも、紅茶を出すのも、あるいは抹茶を出すのも、基本的には何の変りもない飲食業であるにもかかわらず、一方はただの水商売とみられ、茶室をつくって、薄暗い四畳半でもったいぶって茶筅など動かしていると、わび、さびに通じた粋人ということになるのである。

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