第七章 世界の労働資源が日本の開発を待っている
       付加価値の追求が労働資源開発の誘い水になる

日本人は労働資源の開発に成功したから世界一の金持ちになった
日本のような資源の乏しい国が世界で一番の金持ちの国になったために、金持ちになれるかどうかを決定する要因は資源のあるなしでないことが証明された。では金持ちになれる決定的な要因は何かというと、これまで述べてきたことからもおわかりのように、いろんな偶然的な要素と、幸運が組み合わさっているけれども、強いてあげれば「すぐれた経営」と「良質の労働力」とでもいったらいいだろうか。
日本的経営については、「日本人が工業で成功した秘密」という篇で述べたので、ここではくりかえさないが、
「日本人がどうやって労働力を開発したか」
「開発された良質の労働力ははたしていつまでもつものなのか」
「労働力が開発されつくされて限界に達した国では、
人々が慢心してやがて凋落に向うのではないか」
「慢心して怠惰におちいりつつある国の労働者を
怠惰から救う方法がはたしてあるのだろうか」
「労働力は開発しつくされて頂点に達したら
採算性をはずして後へ戻らなくなるのではないか」
「そうなったら選手が交代して
次のチャンピオンが現われるのではないか」
「次のチャンピオンは果たしてどの地域から現われるのか」
「その結果、世界の経済地図はどう変るのか」

といったことについて述べたいと思う。
さて、労働力があらゆる富の源泉であることについてはアダム・スミスの『国富論』以来、常に指摘されてきたところであるが、では労賃はどうやって決められるものであろうか。オーソドックスな解説によれば、(1)地域的また職種別の相場がある、(2)需要と供給のバランスによって決まる、(3)報酬はその職業につくまでに要した費用および、役じた費用を回収できなかった人々の分も含めた投資額に等しいとか、いろんな見方がある。また一時間あたりの労賃がいくら、一日の日当がいくらといった単位時間あたりの価格で労賃の安い高いが測られる。一般に労賃の高い国は労働力の生産性の高い国であり、労賃の低い国はその逆の立場にあると考えてよい。賃金は雇い主とか、企業家から支払われるが、それだけの働きに対して支払われるものだから、究極的には自分が稼ぎ出すものである。
工業が発達する以前の日本は、貧乏国の側に分類されていたので、先進国から低賃金国と見下されていた。日本の工業製品が安い値段でヨーロッパやアメリカに輸出され始めると、それらの先進国から「低賃金によるダンピングだ」と激しく非難され、場合によっては懲罰や制裁の対象にされたりした。かつて日本人がイギリスから綿紡の技術を学び、やがてランカシャーの繊維産業を滅ぼすに至った過程で、日本の安い賃金が大きな役割を果たしたことは想像に難くはない。しかし、たとえば、日本車がアメ車より安い値段でオファーされているのは、日本の低賃金によるものだという非難は、現実に日本の単位労働時間あたりの賃金がアメリカのそれより低くはないのだから、「低賃金によるダンピングだ」というのでは説得力を失ってしまう。
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