では、なぜ労賃の高くなった日本でつくられた自動車がアメ車より安く売られているかというと、日本人労働者の生産性がアメリカのそれを上回るようになったからである。いかなる労賃も、長期にわたって、その人の稼ぎ出す金額をこえて支払われるものではない。たいていの場合、低い賃金は、労働者の生産性が低いことに起因することが多いが、もちろん、マルクスの主張したように、資本家によって搾取された面もまったくなかったわけではない。しかし、賃金は、その人の生産性に対して支払われるものであって、それだけのお金を支払っても充分、ペイするということでなければ、長期にわたって支払われるものではない。ことに経済の発展した国々では、労働者側からの要求が多くなることはあっても少なくなることはないから、それが支払える範囲内でしか雇用契約は成り立たないのである。
たとえば、昭和三十年代の初めのころ、日本では初任給が一万円という時代があった。三十年たつと初任給は一五万円になった。この間には物価高もあったが、物価高をこえて実質収入がぐんと増えている。他の周辺の国々に比べても、ヨーロッパの先進国に比べても、記録的な高賃金国に成長を果たしたといってよいだろう。それは日本人の一人一人がそれだけの報酬をもらえるだけの生産性を身につけたからであって、年収五○○万円のブルー・カラーには五○○万円の働きがあるからであり、年収一二○○万円のホワイト・カラーには、一二○○万円以上の生産性があるようになったからである。
つまり戦後四十年のあいだに、日本人は自国内における労働資源の開発に力を入れ、それに成功したから世界一の金持ちになったといえる。そういう角度からみると、鉄鉱石やボーキサイトや原油に良質なものとそうでないものがあるように、労働資源にも開発の容易なものとそうでないものがあり、それが開発を促進するかどうかの決め手になる。人間さえたくさんおれば労働資源の豊富な国、というわけにはいかないものである。その点、日本の労働鉱脈はきわめて優秀なものであったということができよう。
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