中国人と日本人 邱永漢

「違いの分かる人」へのヒントがあります

第17回
チーズと納豆で中国人があぶり出せる その4

私の家で人を招待して、菜単(メニュー)に豆腐の料理が出てくると、
日本人のお客さんの中には、
「へーえ。中国にも豆腐があるのですか?」と驚く人がある。
中国人の食生活に少しでも興味のある人なら、
豆腐は今から三千年も前に、
淮南王・劉安が発明したものと言われ、
広く庶民に親しまれてきた食べ物であることがわかる。

ただ豆腐は値段が安く、
料理屋で注文すると売上げにならないので、
注文をとる人があまりいい顔をしない。
また人を招待しておいて豆腐を出したのでは
申し訳ないと思ってメニューに載せない人もある。

しかし、素材としての豆腐はもともとすぐれたものだし、
料理の仕方によっては素晴しい料理ができる。
だから、私は料理屋で注文する場合も
よく豆腐料理を注文するし、自分の家でメニューをつくる時も、
揚げた豆腐か、蒸した豆腐料理を一つくらいは必ず出す。

中国大陸に行くと、どこに行っても豆腐の料理がある。
麻婆豆腐は日本人に最もよく知られた四川料理の一つであるが、
湖南豆腐も、客家の得意とする醸豆腐も捨て難いものである。
また中国の豆腐にはふだん日本人の食べるような豆腐のほかに、
豆腐花という柔らかい豆腐もあれば、
豆腐干といって水分を抜いた堅い豆腐もある。

そういうものも含めて何百種類という豆腐料理があるが、
不思議なことに湯豆腐がない。冷奴もない。
これは嗜好の違いというよりも、
水がナマのまま飲めるところとそうでないところの違い、
また水質のよいところとそうでないところの
違いから来ているのではないかと思う。

水がその国の文化にあたえる影響は歴然としていて、
日本文化は食べ物から織物に至るまで、
日本のきれいな水と深くかかわっていると思って間違いない。
もともとは唐の国から渡来したものでも、
日本へ入ってくると、
日本の風土にふさわしいものに変形していく。
日本の豆腐は中国で食べる豆腐よりおいしい。
昆布のダシで煮た湯豆腐を削り節と醤油だけで食べるが、
豆腐そのものの品質がすぐれているから、
それなりの味わいと風格がある。

日本の豆腐と食べ比べると、
中華風の豆腐料理がいろいろに味つけされているのは、
素材そのものが劣っているせいだということがわかる。
豆腐は中国から伝来したものであるが、
日本に入ってきてからさまざまのバリエーションが誕生した。
生ユバをそのまま料理に使うのも日本人の発明なら、
豆腐を凍らせてつくる高野豆腐も日本人のものである。

もう一つ日本人の発明にかかる納豆というのがある。
大豆を煮て藁に包み、
納豆菌を繁殖させて発酵させたものであるから、
本当はこちらを豆腐と呼ぶべきで、
豆腐は豆をつぶして四角い箱の中に入れたものだから、
これを納豆と呼んでよさそうなものである。

それがちょうど逆になっているのは、
豆腐がその名前と共に大陸から輸入されてきたもので、
それ以外の名前をつけるよりほかなかったからであろう。
豆腐が渡来物なら、納豆も渡来物と思うかもしれないが、
納豆は日本独自の食べ物である。

中国人はチーズは絶対に食べないと言ったが、
実は納豆も寄せつかない。
だから食膳にそっと納豆を並べておいて、
平気で食べるかどうかを見れば、
日本人か中国人か、すぐに区別がつく。

もっとも日本人の中でも、納豆の匂いを喚いだだけで
関西の人たちは尻込みをする。
こういうところを見ると、
もしかしたら関西人は中国人の末商ではないかと思う。
ソロバン高いことでも関西人は中国人に一番近い。
嗅覚から人の好き嫌いをさぐり出し、
その人のルーツを辿ることができるような気もする。





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2012年8月22日(水)

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