中国人と日本人 邱永漢

「違いの分かる人」へのヒントがあります

第63回
市場経済化は、単なる資本主義の復活ではない

過去百年間をふりかえってみて、
経済の発展という面で、
中国人が日本人に後れをとったことは紛れもない事実である。
しかし、これは中国人が能力面で日本人に劣っていたからではない。
チーム・ワークという点では、
中国人は日本人のようにはとても行動できないが、
もし一対一で個人能力のテストをしたら、
多分中国人のほうがずっと上だろうと私は思っている。

とりわけ中国人はきびしい環境を生き抜いてきたので、
生き残り作戦ということになったら、
日本人よりずっとしぶとい。
貧乏にたえる忍耐力とか、手間ひまをいとわない勤労意欲とか、
環境の変化に対する適応力とかいうことになったら、
日本人は中国人の比ではないように思う。

つい最近も私は四川省から揚子江沿いに、
成都、重慶、宜昌、武漢と見てまわったが、
どこへ行っても、貧乏は貧乏なりに
農地もよく整備されているのには感心した。
ケ小平が自由市場を容認して、
政府に納入すべき数量をオーバーした農産物は
自由に処分してよろしいということになったので、
農民の生産意欲が一挙に盛り上がり、
わずか十年あまりで、
世界最大の人ロを養うための食糧
が一応自給されるようになった。

生産性もまだまだ低いし、品質の改良とか、
付加価値の追求はまだ充分ではないけども、
少しでもお金になるように
農民が懸命の努力をしている光景は随所に見られた。

船に乗って山峡を下ると、
揚子江沿岸は山また山の連続であるが、
ちょっとでも作付けの可能な地面は
山のいただきに至るまでていねいに耕されている。

「耕して山頂に至る。以て貧なるを知る」と、
昔から言われているが、私はあの光景を見て、
中国人の「以て勤なること」に感銘を受けた。
いまの日本人は昔に比べて金持ちになった分だけ
だんだんと怠け者になりつつある。

役所までが労働時間の短縮に血道をあげている。
成熟会社になるとともに、
日本がアメリカやヨーロッパと
肩を並べる墜落した
国になることはおそらく避けられないだろう。

その日本人が不遇な立場におかれていた戦争直後の時代でも、
いまの中国人の農民ほど働いたかどうか疑わしい。
中国の工業化が遅れているのは、
共産党政府の社会体制と計画経済に問題があったからであり、
このことに気づくのに四十年もの歳月を必要とした。

自由市場や特区による実験は、
すでに十二、三年も前からはじまっているが、
その実績がみのり、これ以外に中国には生きる道がない、
と中国の指導者たちが気づいたのは
やっとこの一、二年のことである。





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2012年10月9日(火)

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