“蕎麦屋酒”の著者がプロ顔負けの美味探求

第244回
食べ歩きと料理ことはじめ

最近取材を受けて、
美味しい食べ物にいつ頃から興味を持ち始めたか、
と聴かれることがよくあるが、明確な答えができない。
小さい頃のこと、特に特徴のある食生活が思い出せない。

小学校の頃は好き嫌いの激しい子供だったのは覚えている。
嫌いなものの代表は、アスパラガスの缶詰、ピーマン、セロリー。
そして、トマトジュース。
これらのうち、生でないトマトジュースはいまでも嫌いだ。
好きだったものは、ヤナギムシカレイの干物。
これはいまでも大好き。
大学に入ってからは、
当時つきあっていた彼女が
日本女子大の食物科という学科に通っていたこともあって、
食べ歩きが大好きになった。
その頃は映画監督の山本嘉二郎さんが執筆した
レストランガイドとか、
文芸春秋社から発刊された「いい店、旨い店」などを見たり、
口コミ情報を集めたりして、美味しい店を渡り歩いていた。
当時、蕎麦屋は都内も地方も随分色々な店に行ったものだ。

で料理については、本格的に始めたのは随分あとだ。
学生時代にもたまに気が向いたときには、
色々な素材でスープを作ってみたり、
簡単な酒肴を作ってみたりしたことはある。
また、ステーキを焼くことと、すき焼きの味付けは、
母にはまかせずに自分でやっていた。

結婚しても、十数年間は妻に料理はほとんどまかせていた。
ただし、美味しい、まずいの感想を
なるべく率直に伝えるようにしてきた。
そのせいかわからないが、妻の料理は、なかなかいいレベルで、
人を呼んだときの評判もいい。
歳を重ねていくうちに、食に対する興味はただの食べ歩きから、
自分でもぜひプロに負けない美味しい料理を作ってみたい
という方向に向いてきた。
それを実際行動に移し始めたのは1992年のこと。

まずは、妻がやらないことから始めようと考えて
豆腐作りを試みた。
「海の精」から豆腐作りキットという、
木箱、木綿布、天然ニガリがセットになったものを購入して
豆腐を作ったら、これが市販ではあまりないくらい
旨い豆腐ができて、それから加工食品を作ることへの興味が
一気に沸きだしてきた。


←前回記事へ

2005年7月28日(木)

次回記事へ→
過去記事へ 中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」
ホーム
最新記事へ