死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第26回
三欠く主義は現代でも通用するか

私は昭和三十四、五年ごろから、
お金の話をポツポツ雑誌に書くようになったんですが、
そのころ、先輩格に益田金六さんという人がいました。
婦人雑誌の編集長をやったこともある人で、
いかにも金儲けにふさわしいペンネームですね。

益田さんは、もっぱら節約を教えていました。
たとえば、一級酒と二級酒を混ぜると、
一級酒の味になるから、
お客さんに出すときは混ぜて出せばいい。

あるいは、どこの家でもお客さんにお茶を出すけれど、
お茶の葉といえどもバカにならない。
お茶の代わりに水を出せば一年間にこれだけ節約できて、
それを複利計算にすれば、
こんなになるといった説明をしていました。

人に教えるくらいですから、
自分でも節約を実行している。
戦後、映画は三回しか観ていないというんですから。

私は、一度、益田さんを冷やかしたことがあるんです。
「あなたは、映画も観ずに、
その貯めたお金で映画会社の株を買えとおっしゃるけど、
みんなが映画を観に行かなくなったら、
映画会社はつぶれちゃって、
結局、損をするんじゃないですか。
あなたのおっしゃりたいことはわかりますが、
みんながあなたのとおりにはやらないという前提の上に立って、
はじめて成り立つ理屈じゃないですか」
益田さんは「まあ、そういう面もありますね」と笑っていました。

当時は、大学出の初任給が一万円ちょっとの時代ですから、
十万円貯めるのもたいへんだったんです。
よほどケチをしないと、お金が貯まらない。

そのころ、ボーナスシーズンに、
益田さんと私がある婦人雑誌の特集で、
十万円貯めるにはどうしたらよいか、
を話したことがあるんです。
当時の十万円といえば、いまの二百万円くらいの感じでしょう。

これが、なかなか大事業なんです。
目標を立てても途中でくずれてしまう。
親戚のだれそれが死んだから、
香典を持って行かなきゃならない。
友人に金を貸せと言われて、
どうしても断わりきれないーというように、
なんだかんだと金を使うときがある。

だいたい、五万円くらい貯まると、
また二万円くらいに減ってしまう。

どうしても、目標を達成するためには、
鉄の意志を貫いて、
いわゆる、三欠主義でいくしかない。
義理を欠き、人情を欠き、交際を欠く。
そのくらいやらないとダメなんだというような話になったんです。
それでとおった時代もあったんです。





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2013年4月27日(土)

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