死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

不動産から学ぶ経済の成り立ち

第14回
老後を海外で送るのは

マイホームづくりは、
それを考えている人にとっては一生の悲願みたいなものである。
だから、「今時、お金を出して自分の家を建てても
引き合いませんよ」とアドバイスしてもきき入れるわけはない。

誰にでも、その人が心の中に描いている
マイホームがあるはずであり、
その理想を実現することの中に無上の喜びがあるはずである。

お金以外の別の価値観が支配しているのだから、
ソロバン勘定で口説こうとしても、
口説くこと自体が無理というものであろう。

しかし、マイホームづくりにも、
マイホームづくりを支配するルールがある。
万一、折角つくったマイホームを
売りに出さなければならなくなった場合はどうなるか、
ということも考慮に入れなければならないし、
そういう可能性が強いかどうかによって
マイホームづくりの時期をズラす必要も起こってくる。

たとえば定年になって、
第二の人生を歩むことになった人が
マイホームづくりをする場合は、
「転勤」のことを頭に入れる必要はないであろう。

会社を退職して
新しく選んだ職業をさらに変えることはないではないが、
若いときのように「立身出世」のことを
考えなくともよいのだから、
職業のことよりも自分の都合を優先させてもよい立場である。

家から通勤するのが無理だから、とか、
身体の具合にさしつかえるから、とか、
勝手なことを言っても、二度目の宮仕えなら、
我儘だといって批判されることもない。

したがってこれから先、
死ぬまでの時間をどこで過ごすか、をまず自分できめて、
マイホームづくりのロケーションを定める。
最近の週刊誌などを見ていると、
ポルトガルとか、スリランカとか、ケニアとか、ノルウェーとか、
海外の、「ほお?」とこちらがびっくりするような遠隔の地で
老後を送りたいという人の実例が載っている。

なかには、「なるほど」と
こちらが感心するような内容のものもあるが、
なかには、「旅行で一回や二回行ったくらいで、
そんな考え方をするのは甘すぎるんじゃないか」
と思いたくなるようなものもある。
いずれも日本人の足が遠くまで及ぶようになった
国際化時代の新現象であるが、
この傾向はまだはじまったばかりだから、
そのうちに若い人たちだけでなく、
日本の老人たちが世界中に居を定める時代が来るかもしれない。

外国に居を定める定年組を見ると、
学校の教師とか、サラリーマンの退職組が圧倒的に多い。
年間を通じて割合に休暇の多い職業であるとか、
命令によって動き、自分に責任の少ない仕事に従事してきたとか、
いった種類の人が多いが、
せめて余生を他人に干渉されずに
自由に暮らしたいという考え方は
それなりに理解できないことではない。

また日本のように、世界一、
生活費の高いところでケチケチ暮らすくらいなら、
年金だけで悠々と暮らせる物価の安い国々で暮らすのも、
確かに賢明な選択といえるだろう。

ただし、いくら安く暮らせる環境でも、
まずその土地や環境に馴染めるかどうかが問題だし、
次にどんな変動があるかわからないから、
政変とか、戦争によって、
折角、選んだ永住の地を離れなければならないことも
考慮に入れなければならない。

そういうときに「帰る故郷」と
「帰るに要するお金」の心配もしておかなければならないだろう。
また日本にいたら、
年金だけでは暮らせないのが常識だから、
必ずそれ以外の対策が必要になる。

たとえば、退職金から定期収入を得る道を講ずる
といった必要があるが、
そのお金をそっくり現地に持って行って、
慣れない株式に投資をしたり、
現地の通貨で預金をしたりするのはどんなものであろうか。

目減りする可能性の強い
経済力の弱い国々の通貨と財産を保持するよりは、
まだ円で保持したほうが安全だし、
同じ円で投資をするとしても、金融商品で持っていると、
円そのものがインフレを起こして目減りする心配がある。

その点、株を買ったり、社債を買ったり、
貸付信託にしておくよりは、
おそらく収入向き不動産にしておいたほうが安心であろう。

その場合の収入向き不動産とは、
居住用の不動産を収入向きに転用することではなくて、
はじめから収入向きにつくられた不動産を買うことである。





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2013年7月31日(水)

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