死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

不動産から学ぶ経済の成り立ち

第16回
自営業者は採算を重視して

次は年の若い時期のマイホームづくりである。
年が若ければ、親兄弟から手伝ってもらうのでない限り、
そんなにお金はないはずだから、
マイホームに使える資金には自ら限りがある。

早い人は二十代、三十代でも家を買う人があるし、
遅くなれば、四十代、五十代ということもある。
しかし、平均的に見れば、
三十代の後半から四十代の後半までといった
十年間に一番集中すると見てよいだろう。

さて、ほぼ同じ年齢のときにマイホームづくりをするとしても、
自営業者とサラリーマンではお金のゆとりも違うし、
また家を買う動機や発想にも違いが見られる。

自営業者は、それこそサラリーマンの三倍も五倍も働かされるが、
その代わり仕事が軌道に乗りはじめると、
収入も格段にふえてくる。

自分の収入に応じてサラリーマンより
お金のかかるマイホームを手に入れることもできる。
またマイホームを個人の収入で
個人所有の物として手に入れることもできるが、
会社に買わせて、それを賃借りして住むこともできる。

会社が買えば、営業用資産だから、
それを買うに要した費用は
すべて会社の経費として計上することができる。

支払い利息も減価償却も、
会社の経費として会社の利益の中から控除できる。
ただし、役員に貸す場合、
税務署が認定した値段より安くすることはできないが、
第三者に貸すのと違って営利が目的ではないから、
なるべく安い値段で貸せることに変わりはない。

会社のオーナーや役員が会社の持ち物を借りている場合、
名義上はあくまでも借家人だが、
家主も自分の会社だから、
税法上どちらがトクかということでどちらにするかがきまる。

したがって自営業の人は、自分の家を買う場合でも、
ソロバンづくのことが多く、物件選びをする場合でも、
採算を考えて選ぶことが多い。

これに対してサラリーマンのマイホームづくりは、
自分の責任で大きなお金を動かした経験があまりないので、
とんでもない失敗をやらかすことがしばしばある。

ロケーション選びを間違えることもあれば、
業者の甘言に乗せられて欠陥商品をつかまされることもある。
こういう失敗をやらかさないためには、
信用できる先輩たちの意見をよくきくことも大切だし、
信用できる業者を相手にすることも必要であろう。

しかし、何よりもサラリーマンにとって問題になるのは、
第一は通勤に要する「時間」と
マイホームの「快適さ」や「財産価値」をどうバランスさせるか、
ということであり、
第二は「転勤」と「マイホーム」の間のズレをどう調節するか、
ということであろう。

土地が高くなりすぎたので、
サラリーマンがマイホームを手に入れようとすれば、
電車に乗って一時間半もニ時間もかかるようなところに
家をつくるよりほかなくなってしまった。

おかげで会社まで往復四時間も
通勤につぶしてしまう人が珍しくない。
俗にセブンイレブンというのは店の名前だけでなく、
サラリーマンの家にいない時間のことだそうであるが、
午前九時にはじまる会社に二時間もかかってかよう人は、
七時に家を出たのでは間に合わなくなる。

朝は六時前には起きなければならないし、
夜のつきあいがあると、家へ帰りつくのは一時か、
二時になってしまう。

毎日こういう生活をしていたのでは身体も続かないが、
働き盛りの人にとって「時間」の浪費であろう。

郊外にマイホームをつくる人は、
「土の匂いが喫ぎたいから」とか、
「土地つきの家のほうが値上がりするから」
とかいった動機の人が多い。
それはそれで額けないことではないが、
「マイホーム」と「時間」と双方をハカリにかけて
どちらを優先させるかは人によって考え方に違いがある。

「自分の持ち時間はタダに近い」
「自分の時間はお金に換わらない」と思っている人にとっては、
通勤時間はあまり気にならないかもしれない。
立ったまま電車に揺られながら、
居眠りのできるという特技の持ち主も、
同じように気にならないだろう。

しかし、現実に山ほど仕事を抱えており、
寸暇を惜しんで采配をふるっている人々にとっては
「タイム・イズ・マネー」であり、
「時間」はお金にかえられないほど重要なものである。

少なくとも私はそう思っているし、
実際にもそういう生活をしている。
そこで土の匂いを喚いだり、土地が値上がりすることよりも、
仕事場に早く着くことを優先させる。

マンションのほうがこの目的にかなっておれば、
たとえ狭すぎても、たとえ値上がりのスピードが鈍くとも、
マンションに住むほうを選ぶ。
もしそういう考え方をする人が少なければ、
マンションは値上がりせず、
郊外の二階建てのほうが値上がりをする。

しかし、もし「時間」のほうが大切だと考える人がふえれば、
ちょうど反対のことが起きる。

最近の動きを見ている限りでは、
「時間」を優先させる人が多くなっているらしく、
郊外の土地よりもマンションの値上がりのほうが
スピード・アップしてきている。

少なくとも今はそういう状態になっているが、
この傾向だっていつまでも続くとは限らない。
人々の生活態度や考え方に変化が起きれば、
物の経済価値もたちまち変わるものなのである。





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2013年8月2日(金)

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