死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

不動産から学ぶ経済の成り立ち

第19回
時代でかわる人気地域

もっと面白いことは、
同じそうした町の中でも人気のある地域と
人気のすっかりおちてしまった地域があり、
それが商店街にも住宅地区にも
同時に起こっているということである。

人通りの減ってしまった町並みにも、
人が住んでいることは同じだが、
そこに住んでいる人種と、
同じ町の中の新興地区に住んでいる人種とは、
人種がまるで違っている。

東京や大阪への通勤圏内にあって、
サラリーマンの多く住むようになった町では
サラリーマンの評判は必ずしも芳しくないが、
その理由は一言でいえば、
物を買ってくれないからであろう。

しかし、サラリーマンが買う気を起こすような、
品揃えがされていないことも事実であって、
古くからの住人と、新しい住人は、同じ空気を吸っていても、
趣味嗜好から物の考え方までまるで違うのである。

だから、土地の選び方も違うし、
駅に行くために通る道だって違う。

当然のことながら、
町の中で人の集まってくるところも違ってくるし、
地価の高くなるところと安くなるところも分かれてくる。
しかもそれは時の流れであり、
いったん、動きだした方向から回れ右をすることは、
まずないから、十年たってみると、
明暗がいっそうはっきりして来る。

したがって店をひらくときも、また土地を買うときも、
安値に惚れるのは禁物で、
将来、発展するかどうかということを基準にして
場所選びをしなければならない。

こうした町中の盛衰の動きは、地方の町でも起きるし、
東京でも、もちろん、起こっているし、
広く展望すれば、日本国中でも起こっている。

たとえば、東京にはいわゆる下町と
山の手という区別がある。
また下町でも、江戸川、葛飾、江東といった地域もあれば、
文京、品川、大田といった地域もある。

一方、山の手とは山手線の通る地域即ち、
目黒から渋谷、新宿、目白、
池袋といったあたりまでが含まれるのだろうが、
この地域はのちに開発された新興住宅地で、
つい数十年前までは田畑の真ん中だったり、
武蔵野の雑木林だったところが多い。

それが住宅地になり、
サラリーマンと呼ばれる
ニュー・エリートたちが住むようになると、
同じ東京でも高級住宅地と考えられるようになったのである。

東横線や井の頭線は郊外に伸びる私鉄としては、
高級路線と考えられていたが、
私鉄沿線や中央線の土地がほぼ満杯になると、
今度はさらに二十三区から外の地域にまで住宅地区が伸びて、
首都圏は、東京都から東西南北、
四方八方へと広がって行った。
その場合湘南がよいのか、八王子がよいのか、
一体、千葉や埼玉はどうなのか、
といったことになると、それぞれ好みはあろうが、
住む人種にも違いが出て来る。

しかし、一番はっきりしていることは、
人気のあるところに人ロが集中し、
地価に格差が生ずるということであり、
さらにそうした人気のある地域が
時代と共に移り動くということであろう。

たとえば、浅草とか上野である。
浅草は観音さまと盛衰を共にしたところで、
その昔は映画館と歓楽街で栄えた。

しかし、私が東京に住むようになった昭和三十年代のはじめ頃から
既に衰亡の色が漂うようになり、
仲見世通りは午後十時になったら、
ひらいている店を見つけるほうが困難になった。

若者の町、新宿でこれからやっと夜がはじまろうという時間に、
浅草では商店街が全部しまってしまうのである。

一方、上野は、東北地方に向けてひらかれた東京の玄関口である。
東北の人から見たら華やかな都の入り口だが、
琢木が東北弁を懐しがって
ふるさとのなまりをききに行ったようなところだから、
東京の人かり見たら、千昌夫の唄に代表されるような
いなかの玄関口であろう。

こういう地域に東北特有の暗さがつきまとうのは、
避けられないことであり、
町全体が斜陽気味になるのも無理はないのである。





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2013年8月5日(月)

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