死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

不動産から学ぶ経済の成り立ち

第23回
値段の安さに惚れるな

たとえば、今は都心部の土地が暴騰に暴騰を続けているので、
新しいお金を出して都心部の土地を買える個人は
まず一人もいない。

八八%の累進課税を適用されて、
何億円、何十億円の代金の払える人がいるわけもなく、
土地の売り物が出るたびに、
土地の所有権は個人の手から会社の手に移る。
住宅地にさえそういう現象が起こっている。

このため、都心部に住む人口は減少する方向にあり、
千代田区や中央区には早くからこの傾向があったが、
遂にそれが全二十三区に伝染する勢いを見せている。

もはや東京都内は人間の住むところではなくなりつつあり、
お化けか、怪人の住むところと化しつつあるのである。
なにしろ家がこわされると、
そのたびに高層ビルに変わり、
しかも、その中には住居がーつもないときているから、
昼間は郊外から電車や自動車に乗ってドッと一大群衆が集まるが、
退勤時間と共に猫の子一匹いなくなって、
お化けの棲家と化する。

もしそういうところに住める人がいたとしたら、
その人は人間のカッコウをしているが
お化けの仲間に数えたほうが早い種類の人間に違いないのである。

もっとも、人が住まなくなっても、
都心部にお金を持った会社がドンドン集まってくるから、
ビルのスペースに対する需要はふえることはあっても
減る心配はまずない。

特にこれから先、日本の経済力が強くなり、
東京が国際金融の中心地になって行くと、
世界中の銀行や証券会社、
大きな生産会社や商事会社が
支店や子会社を東京へ持ってくるようになる。

千代田区、中央区、港区のようなごく限られた地域で
地価の爆発的な上昇が続いたのも、
こうした将来の動きを見越した上での
投機資金の集中と考えたらわかりやすい。

一般的にいって、
土地の値段をきめるのは(一)いい場所にあるかどうか、
(二)道路づけはどうなっているか、
(三)建ぺい率はどのくらいなのか、
といったいくつかの条件であろう。

もちろん、土地を買い漁っているのがお金を持った会社かどうか、
また、今、買おうとしているのが
地あげのほぼ終わったあとの虫食いになった部分であるかどうか、
によって、売買の条件も大きく変わってくる。

しかし、いつの時代でも、一等地というものがあり、
それを基準にして二等地、三等地の価格がきまる。
だから、土地を買うなら、一等地を買うに限るし、
値段の安さに惚れて二等地、三等地を買うのは、
なるべく避けたほうがよい。

そうはいっても、予算の関係もあるし、
開発をする会社の力によって三等地が一等地に変わる
ということもありうる。
しかし、その場合でも、さきにふれたように、
衰退しつつある地区と台頭しつつある地域の区別がある。

たとえば、浅草と渋谷では、
地価に大きな格差がついてしまうのはやむを得ないことであろう。

少し前、渋谷の地価が坪当たり二千万円にあがった頃、
浅草の国際劇場の前の通りに面した地所は
わずか四百万円で買えた。
渋谷地区にはほとんど売り物がなく、
いくら買い注文を入れても思うような売り物が出ないが、
浅草へ行くといくらでも売り物がある。
しかも、坪四百万円で建ぺい率が七種だから、
建坪一坪あたりの地価負担は六十万円足らずにすぎない。

坪当たり建築費が五十万円として、
建築物一坪当たりの直接負担は百十万円、
そのうち公共面積に二五%とられたとして、
坪当たりのコストは百四十六万円になる。

これなら、販売費や利息を加えて、
二百万円で売っても採算にのるから、
渋谷や青山通りの三百万円に比べれば、
商売にならないことはないだろう。

そう考えてつい手を出したりするが、
昨今のように不動産の勢いづいているときならいいが、
地価の値上がりの鈍いときなら動きがとれなくなってしまう。

私の知人の中にも、浅草から自社ビルを渋谷に移転し、
これは正解であったが、浅草の本社をこわして
分譲マンションに建てなおしたところ、
まったく買い手がつかず、
四年も五年も手を焼いた人があった。

土地のまま売るのならば、
まだ「こんなに安ければ、商売になるんじゃないか」
と欲の皮を突っ張らせた業者たちの思惑買いが入るからいいが、
マンションを建ててから売ろうとすると、
これほど不人気な土地柄も少ないのである。

マンションは高いほうから買い手がつき、
安いのが売れ残るから、
ブームのさなかでも、渋谷のマンションが全部売れてから、
浅草のマンションに番が回ってくるのである。

だから、「値の安いのに惚れてはいけない」
というのが不動産を買うときの
第一の鉄則といってよいだろう。





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2013年8月9日(金)

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