死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

不動産から学ぶ経済の成り立ち

第27回
政情不安が地価を下げる

ところが、香港やシンガポールに行くと、
地価は成長期に比べてかなり下がっている。
冒頭でもふれたように香港では、
サッチャー首相がケ小平に会いに行ったとき、
段階でころんだ端に、
新聞がいっせいに「さいさきが悪い」と書き立てた。

おかげで世界一の高値を呼んでいた
尖沙咀の海岸通りの地価は
一挙に三分の一まで暴落をした。

なかでも最も値下がりしたのは工業用地であり、
一平方米あたり二千五百香港ドルしていたのが
二百五十香港ドルまで暴落したから
一挙に十分の一にへっこんだことになる。

またシンガポールも不動産がドンドン値上がりをしていた時期は、
シンガポーリアンとシンガポールに居住権を握った外国人以外は
マンションを買うことを制限されていた。
しかし、半額以下に下がってしかも一向に
買手が現れないようになると、
買手に対する制限も大幅に緩和したが、
地価は下がったまま一向に戻る気配を見せていない。

台湾も、十年前に比べて不動産はほとんど値上がりをしていない。
ところによっては、
二割くらい値下がりをしているところもある。
したがって年に一八%とか、
一六%の金利を払って五年も六年も頑張った投機筋は
資金ぐりがつかなくなって次々と倒産をした。

ご承知のように、
台湾は日本についで貿易収支の大幅黒字が続き、
外貨準備高も四百億ドルに迫っている。

金利も八%を割り、
資金は超緩和の状態に達しているが、
地価は下落したまま、
わずかに都市計画に入っている特殊な地域だけが
例外的に上昇しているにすぎない。

こうした傾向を見るにつけても、
はたして日本だけがいつまで例外であり得るのか、
と日本の地価の高値を不安視する人がいても
決して不思議ではないのである。

もっとも東南アジアの国々の地価が下がったことについては
それぞれ独自の理由がある。
たとえば、香港は誰の目にも明らかなように、
一九九七年に中国に回収されることが
決定したための不安が根底にある。

香港を回収しても
資本主義体制を少なくとも今後五十年は継続すると、
中国政府は内外に宣伝しているが、
中国人はあまり政府のいうことを信用しない。

香港の財閥たちは機会あるたびに、
香港の資産を処分して海外に資本を移動している。
その動きを地価が正直に現しているといってよいだろう。

シンガポールの場合は、
不景気がまともに地価や雇用を直撃している。
なにしろシンガポールは、
人口が二百五十万人しかなく、
一国の工業を支えるには少なすぎるし、
所得水準が高すぎて労働集約的な仕事では
国際競争に打ち勝つことができない。

そうなると、自由港としての役割をはたすくらいしか
メリットがないが、
地理的に見ても香港が大陸の中継貿易をやるのに
とって替わることはできないから、
期待されほどの利用価値がない。

一時期、香港の将来を危ぶんだ華僑資本が
シンガポールに流入してかなり派手な土地投機に参加したが、
実需が伴わなかったので、
上昇した分だけたちまちはげおちてしまった。

おそらく台湾に比べても、香港に比べても、
経済力が格段に劣っているせいで、
地価の恢復力もかなり鈍いだろう。

ブーム時にホテル・ラッシュが起こってホテルが林立したが、
その割には観光客がふえないので、
ホテル業界は大乱戦におちいり、
それがまたシンガポールの不況に拍車をかけている。

これに対して台湾の対米貿易は順調の一途を辿っており、
円高によるアメリカからの代替注文も劇的に増大している。
したがって、お金の動きだけ見ていると、
日本に最も近い金余り現象が生じている。

この調子なら不動産の大幅値上がりがあっても
よさそうなものであるが、
それが一向に地価の上昇につながらないのは、
やはり政情不安によるものであろう。
もっとも政情不安といっても、
内乱の可能性があるとか、経済に問題があるということではない。

蒋介石のあとをついだ蒋経国も既にかなりの高齢だし、
しかも糖尿病で先行きを懸念されている。
彼の存命中は別にどうということはないが、
台湾にも香港についで
大陸との関係がどうなるかわからないという不安材料がある。

武力に訴えて台湾を奪取する可能性は
時とともに次第にうすれてきているが、
こうした不安がつきまとっているだけに、
台湾の有産階級は腰が落ち着かず、
地価も勝着したまま横這いの状態が続いている。





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2013年8月13日(火)

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