死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

不動産から学ぶ経済の成り立ち

第30回
処分しなければタダの土地

東京の都心部は急速に人間の住むところでなくなりつつある。
坪当たり百万円だった土地が坪当たり一千万円になり、
坪当たり一千万円だった土地が
一億円になってしまった。

国鉄の民営化にともない処分されることになっている
東京駅前の国鉄本社は、入札をすれば、
坪当たり一億円をこえるだろうと言われている。

坪当たり一億円は、銀座や丸の内界隈だけではない。
青山でも、渋谷でも、新宿でも、
表通りに面 した地型のよいところとか、
あるいは、地あげ屋さんが虫食いを埋めるために
気張ってお金を払う小面積の土地は、
一億円が珍しくなくなってきた。

坪一億円として、青山通りで商店をひらいている人の
五十坪の地所は五十億円で売れる。
サラリーマンが一生かけて稼ぐお金は、
待遇のよい一流企業で三億円と言われている。

この金額には、税金はもとよりのこと、
マイホームのローンに支払われるお金も、
子供が将来、大学に行くための教育費も含まれている。

五十坪の地所で小さな酒屋や雑貨屋を続けても、
生活費を稼ぐのがやっとだが、
これを処分して五十億円を手にすると、
免税の適用を受けて、年に六%にまわる不動産投資をすれば、
それだけで年収が三億円になる。
サラリーマンが一生かかって稼ぐお金を
わずか一年で稼ぐことになるのである。

しかし、坪一億円にもなる地所に住んでいる人で、
こうした見事な転換のできる人はほとんどいない。
土地があがったら売ろうじゃないかと思うような人は
坪一億円どころか、坪百万円にもならないうちに
土地を処分してしまっている。

坪一億円になってもまだ頑張っているような人は、
どんな誘惑にも負けず、五百万円の難関も、
一千万円の難関も、五千万円の難関も
すべて通り抜けてきた人だから、
一億円が五億円になっても頑張り通す人に違いない。

いま一億円で売る人は、百万円とか、五百万円とかの時期に、
それまでの所有者と入れ替わった戦後の新しい所有者であり、
これらの戦後派地主は、ソロバンがたつので、
この際、もっと有利な物件に乗り換えたほうがいいと考えて、
土地を売っているに違いない。

それに対して絶対に売らない側に属する地主は、
「先祖代々の土地だから」とか、
「札っぴらで人様の頬っぺを引っぱたく奴が気に入らねえ」とか、
理由はいろいろだが、要するにお金とは縁のない人だから、
札束の上でうたた寝をしているだけで、
遂に一生、そのお札を使う幸運には恵まれないことになる。

ただ、そういう人でも死ぬと、
やっばりその土地から立ち退かされる。
本人が住みなれた家から墓場に移るだけでなく、
遺族も土地を処分してほかに引っ越してしまう。

相続税の税率が最高七五%と、他国に類例がないほど高く、
ほかに収入のない者は、たとえ十五年の分割払いを認められても、
利息の負担に耐えられないから、
土地を処分するよりほかないのである。

ソロバンのしっかりしていない人は、
相続税を払い、処分の際にさらに所得税を払い、
その上、家族で分けあえば、
たとえ五十億円のお金でもいくらも手元には残らない。

郊外に、普通の人の住む家を一軒買い、
アパートの一軒も買えば
もうそれで財布は底をついてしまうだろう。
しかし、才覚のある人は、借金をしてほかに不動産を持ったり、
定期収入で相続税の分割払いをしたりして、
何とか土地を売らないですむ。

もしくは、そもそも戦後派地主として、
最初から法人で土地を所有している。
そういう人は土地が暴騰しても、
財産価値に比べて家賃をあげることもできないので、
自分たちで住んでいたのではもったいなくなり、
思い切って処分をしてほかに移ることを考えるようになる。





←前回記事へ

2013年8月16日(金)

次回記事へ→
中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」

ホーム
最新記事へ