死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

不動産から学ぶ経済の成り立ち

第41回
東京へ通勤可能な場所を

ところが、都心部の地価はいつの時代でも割高だし、
さきに述べたように、
ドーナツ現象を起こす可能性もあるから、
郊外のほうが安全なのではないか、
ひょっとしたら地方都市のほうが
いいのではないかと心が動くこともある。

ことに昨今のように地価の暴騰が
都心部の商業地域から住宅地にまで及び、
それがさらにマンションの暴騰にまでつながると、
ここ当分は値上がりはないと考えなければならないだろう。
むしろ都心部の不動産の暴騰が
次は郊外と地方都市に波及する番になっているから
郊外と地方都市とどちらがよいかと心が迷う。
はたしてそのどちらがよいか、ということになると、
おそらく東京の郊外が地方都市より
一足先に上昇するのではあるまいかという気がする。

現に都内のマンションが大暴騰をしたので、
二千万円か、三千万円のローンを組んで
マンションを買っていたサラリーマンたちが
四、五千万円の資産を持つようになった。

比較的早くにマンションを手に入れた人なら、
ローンの残もわずかになってしまっている。
それに対して郊外の二階建ての家は
まだあまり値上がりをしていない。

かねてから二階建ての家に住みたいと思っていたが、
郊外の地価が高すぎたために手を出しかね、
マンションでガマンをしていた連中にとっては
またとない買換えのチャンスである。

そういう需要がドッと郊外の不動産屋に流れ込んでいるので、
相模原とか、八王子とか、
湘南の二階建ての住宅が見る見る値を上げている。

三千万円で手に入るだろうと思っていた郊外の住宅が、
五、六千万円で取引される実例が多くなっている。
ということは住宅地に関する限り、
東京でなければ、東京までの通勤圏内にあることが
値上がりの有力な条件であるということである。

何といっても今の日本経済は東京を中心とした構造になっている。
東京にメシのタネが一番たくさんあり、
メシを食うためには東京へ通勤する必要が起こる。
だから二十年前、別荘ブームが起こったとき、
別荘屋が盛んに東京の人たちをロ説いて
別荘地を買わせようとしたことがあったが、
私は「別荘地を買うな、
東京への通勤圏内にある住宅地をお買いなさい」
としきりにとめた。
そうしたら「他人の商売の邪魔をする」と
別荘業者から苦情を言われたが、
その後の地価の動きを見ていると、
別荘地は草茫々になっているのが多く、
東京周辺の住宅地は大へんな値上がりをしている。
だから住宅地を買う場合でも、資産価値を考えるなら、
東京に通勤可能であることを条件とすべきであろう。

もっとも通勤可能の距離といっても、
私の考えている通勤距離と
不動産屋の考える通勤距離はまるで違う。

ちょうど我々が歩いて十分かかるところを不動産屋が歩くと、
三分でつくようなものである。
一つには私の日常生活が分刻みになっているので、
一時間といえば、とても長い時間に感じられるが、
時間をあまり問題にしない人だと、
さして遠く感じないですむせいもある。

あるとき、私は千葉県の土気というところにある山林を買って
住宅として開発しないかと誘われたことがあった。
千葉市からまた電車に乗って行く交通の不便なところだったので、
「こんな遠いところではとても駄目だ」
と首をたてにふらなかった。
ところが、郊外の開発になれた不動産にとっては
決して遠いうちには入らないらしく、
私が買えと誘われたときは坪六千円だったのが、
間もなく大手の建設会社が坪当たり六万円で買い、
山を削ったり道路をつけたりして完成すると
三十万円で売りに出したそうである。

それでもちゃんと家が建ち、
立派な住宅地域になっているから、
私のような感覚のズレは救いようのないものである。
さしずめ私などはシティ・ボーイの最たるもので、
「村中で一番モダンな男」には到底なれそうもない。





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2013年9月8日(日)

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