死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

不動産から学ぶ経済の成り立ち

第55回
個人より法人が有利な税制

不動産を持つことは色々な意味で、
その人の信用を大きくする。
個人で持っていても、法人で持っていても、
基本的には何の変わりもない。

しかし、所得税のかかってくる割合や、
将来死んだときの相続税のことを思うと、
個人と法人では影響の受け方がまるで違う。

ご承知のように、個人の所得に対して日本では、
他国にその類例を見ない高率の累進税がかかってくる。
最近、所得税の減税を柱に税制改革が行われたが、
これまでは国税、地方税合わせて最高税率が八八%、
改正されても、六五%ていどになるだけである。

これに対して法人税は二段階だけで、
事業税、同族会社の留保金に対する課税が加わっても、
50%か60%ていどだから、個人所有に比べれば、
かなり税率は低い。
しかも法人の場合は、経費の計上が容易であり、
社用の自動車、運転手、交際費などすんなり認められるが、
個人になると、税務署とすったもんだすることがしばしばある。

そこで最近は法人で不動産を所有する人がふえ、
今次の地価の暴騰に際しても、
個人が事業用資産買換えの適用を受ける場合を除いては
ほとんどが法人に切り換わっている。

私の場合は、たまたま文筆家として
一人立ちするようになってから、
実業に乗り出したので、はじめて土地を買って
一軒目のビルを建てるときに、個人所有にするか、
法人所有にするか、思案した末に、会社組織を選んだ。

そのとき、まっ先に考えたことは、
原稿料収入をあてにしていたのでは
将来、どうなるかわからないから、
もう少し安定した収入を得るようにしたいということであった。

たまたま株をやって少しばかりお金を儲けたときだったので、
まず土地を買ってビルを建てたいと思った。
そうしたことはすべて自分の仕事の延長線上で考えていたから、
土地を買うときも何気なく個人名義で土地を買った。

ところが、その土地に地下一階、
地上四階の小さなビルを建てることになり、
できあがったあとの家賃の総計を計算したら、
年間で約六百万円という数字になった。

もちろん、その中から減価償却費や
管理費や借入利息などを控除するから、
所得として計上されるのは、もっと低い数字になる。

しかし、それでも三十年近く前の
私の年間所得に匹敵する金額である。
当時の私は今日ほど税率に関心など持っていなかったが、
それでも所得が倍増したら、
税額が単純に倍ではすまないくらいの常識は持っていた。

ましてビルを建てるのは一軒だけとは限らないから、
将来、収入がふえたら、大へんなことになる。

そう思ったので、一ぺん個人名義で購入していた土地を、
新たに資本金九百万円で設立した会社に売却して、
会社の所有に切り換え、その土地に建てるビルも
すべて会社のものにすることにした。

あとでふりかえって見ると、
このときの私の打った手は正解であった。

一軒建てたビルは、二軒、三軒とふえて行ったし、
私自身の文筆家、講演家としての収入も予想以上にふえたので、
もし不動産の所有を個人名義にしていたら、
その個人収入の上に不動産の賃貸収入が加わって、
最高税率を適用される
高額所得者の仲間入りをしていたに違いない。

実際には、資本金九百万円でスタートした
株式会社邱永漢事務所は貧乏会社であり、
いまだにスタート時と同じ資本金九百万円の会社にすぎない。

ビルを建てるときはいつも建築費に苦渋して、
私が個人で持っていたお金を無利息で貸しあたえなければ、
急場を切り抜けることもできなかった。

のちにビルをいくつも持つようになったので、
含み資産はかなりふえたが、
帳簿価格は買い入れたときのままだから、
借入金と資産に見合っているが、
これと言った資金の余裕はない。

しかし、含み資産があるので、担保能力があり、
何十億円欲しいと言えば、
銀行が二つ返事でお金を貸してくれようになった。

また私は、最初から全家族を株主にして会社を組織し、
私自身は株の二〇%ていどしか持たない主義で通してきたので、
将来、相続の問題が起こっても、
私の持分の半分は妻のところへ無税で継承されるし、
あと半分だけが相続税の対象にされるだけだから、
そんなにピンチにおちいることはないだろう。

といっても、それは私の死んだあとの出来事であり、
自分の死んだあとの心配までする必要があるかどうか、
本当は人に笑われることかも知れない。





←前回記事へ

2013年9月22日(日)

次回記事へ→
中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」

ホーム
最新記事へ