死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

不動産から学ぶ経済の成り立ち

第56回
相続税が世代交替のネック

私の場合は、スタートの時点から、
所得税、相続税などの障害物を考慮して、
個人で不動産を持たないことにしたから、
節税対策はうまく行ったほうだが、
戦後、文無しからスタートして
事業家として成功した人たちだと必ずしもそうは行かない。

焼跡のヤミ市で、それこそ担ぎ屋からはじめたような人たちは、
もちろん、税金に対する知識もなかったし、
それよりも何よりも元金がなかった。

その日暮らしの毎日だったのだから、
自分たちが大金持ちになろうとは
もちろん夢想だにしていなかった。
したがって税金対策と呪みあわせながら、
事業をすすめることなど
そもそも考えても見なかったことなのである。

そういう人は大抵が個人事業者であった。
税務署への申告も、個人で申告をした。
奥さんに手伝ってもらっても、
専従者控除をする方法すら知らない人が珍しくなかった。

そういう人たちの中で事業に成功して
申告所得が五百万円を超えるようになると、
税理士の先生から、
「そろそろ法人成りをおやりになったらいかがですか」
と声がかかる。
「法人成り」とは、今まで個人営業でやってきたが、
年間所得が五百万円を超えるようになると、
累進税率が急激に高くなるから、
会社組織に改組して、会社は会社で法人税を払い、
個人は会社から給与をもらうほうが
税務上トクだということであり、
一時期、中小企業にこうした動きが盛んだったことがある。

こうした個人経営に毛の生えた
ちっぽけな会社は戦後の税法がつくりあげた
新しい経済秩序の成員であるが、
個人が法人に切り換えて株式会社もしくは有限会社になる際、
株式会社だと七人以上の株主が必要だし、
有限会社でも三人以上は必要である。

これらの名義は、親兄弟、親戚、従業員から借りればよろしいと
税理士の先生は入れ智恵してくれるが、
子供はまだ未成年だし、収入もないし、奥さんにしても、
これまでのところまともに税金は払っていない。
したがって資本金百万円の会社に組織がえをしても、
七十万円くらいはおやじさんにしないと、
出資金の出所を税務署に突っ込まれたら返答に困ってしまう。

というわけで、最初の スタートは社長の持株70%、
奥さん10%といったていどになり、
一旦、この形でスタートすると、
あとは配当をするときも増資をするときも、
この比率でくりかえすことになるから、
資本金が一億円になっても、
70%は社長の所有ということになってしまう。

地方都市で資本金一億円の会社は、
かなり大きな会社であろう。
そういう会社で社長が死んで世代交替が起こったとき、
相統税が俄然問題になってくる。

なまじ借金経営を嫌い、無借金で経営をしていたりすると、
一株当たりの含みが額面の20倍、30倍といった評価になる。
20倍としても、社長の持株は十四億円になり、
配偶者が生きておれば、
半分は免税で奥さんの手に渡るが、
うっかり奥さんに先立たれて子供しかいないということになると、
最高75%の税率で税金がかかってくる。

上場企業なら社長の持ち株を関係会社か
取引銀行に引きとってもらえばよいが、
中堅以下の同族会社では経営権にかかわることだから、
それもできない。
このことがいま日本全国の事業家たちの
悩みのタネになっているのである。





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2013年9月23日(月)

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