死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

不動産から学ぶ経済の成り立ち

第57回
個人所有には限界がある

途中から法人成りをしたこうした事業家とか、
あるいは、事業家ではないが、
個人財産をたくさん持っている人に
共通のもう1つの悩みがある。
それは個人で持っている不動産があまりに値上がりしすぎて、
所得税の対象になったり、
相続税の対象になっていることである。

たまたま東京郊外の駅前にあった畑を相続したご婦人がいた。
相続したときは店一軒、駅前にはなかったが、
周辺が住宅地として開発されたので、
駅前にもビルが建つようになった。

すすめられるままに、等価交換でビルを建て、
不動産譲渡所得税は一銭も払わないですんだが、
自分の持分を貸しただけで
年に五千万円も申告所得があるようになった。

これだけ収入があると、
税金ばかりかかって
もうこれ以上収入があっても何の役にも立たない。

しかし、隣の地所がまだ空いていて
建設会社からやんやの催促がくる。
どんな要求にも応じますと言われるが、
会社ならほかにお金を残す方法があるかも知れないが、
個人では八三%とか、八八%の税率になってしまう。

「何かいい知恵はありませんか」
と相談を受けたことがあった。
個人の財産を、もし無税で法人の所有に変えることができたら、
税率を法人税並みに抑え込むこともできる。
しかし、たとえ現物出資だろうと、
路線価格で取引することが認められようと、
入手時との差額は譲渡税の対象にされてしまう。
だから一旦、個人所有になってしまった不動産は、
時間がたって土地の値段があがってしまうと、
法人名義に切り換えることは、
うんとお金がかかって引き合わないのである。

では借金をしてビルを建てたらどうなるだろうか。
もし何億円という借金を起こしてビルをつくれば、
家賃収入の中から金利や必要経費を差し引くことができる。
差し引いた残りが全然ゼロで、逆に赤字になれば、
その分は当然、今までの所得から差し引くことができる。

しかし、そうやって所得税の節約をしても、
借金がふえただけで、七十歳すぎた老婦人にとって
何のトクになるだろうか。
おそらく借金は死ぬまでに返済しきれず、
その間、借金を背負っているという
精神的負担のほうがずっと苦痛なのではないだろうか。

しかし、こうした精神的負担があったとしても、
財産を相統する立場から見れば、
借金があるとないとでは、条件がまるで違ってくる。
かりに無借金で年聞五千万円の収入をもたらす土地建物と、
その隣の空地を持っているとしたら、
路線価格で評価されるにせよ、
その合計価格に対して相続税がかかってくる。

ところが、隣の空地に五億円借金をして建物を建てたとしたら、
借金はまるまる評価額から控除できるから、
相続総額はうんと低いものになるだろう。

うっかりすると、相続税が全然かからないですむ
という場合も考えられる。
したがって相続という角度から見れば、
収入をふやすためにもう一度、
等価交換をやるのは明らかに間違いであり、
むしろ借金をして収入をふやすほうが理にかなっている。

第一に借金が相続税を減らす役割をはたしてくれるし、
第二に収入のふえることが
将来、相続税を長期分割払いで支払って行くときの
原資になるからである。

ただし、「借金は返済しなくてもよいのだ」、
「借金をしても重荷と思うのは間違いなのだ」
ということを頭の古い人に納得させなければならず、
このほうが税金の恐怖を頭の中に叩き込むよりずっと難しい。

事業家で、本業のほかに、
個人的に土地や建物などの不動産をたくさん持っている人にも、
似たような悩みがある。
最初は個人営業でスタートし、
事業所の土地や建物を個人名義で購入した人は、
途中で法人名義に切り換えることができなかったので、
今でも個人資産のまま会社に貸していることが多い。

給料でもらっているほかに、
賃貸料として莫大な所得を得ると、
税金に大半とられてしまう。

ことに資産所得には夫婦合算制があり、
合算額が千五百万円を超えると、
資産所得は夫婦のどちらか所得の多いほうに上のせされて、
その税率で課税されるから、
所得の高いほど不動産を持つメリットはなくなってくる。

そういう意味でも、個人が不動産を持つことは、
一定の限度を超えると、いよいよ役に立たなくなる。
将来、自分の死んだ後、奥さんに収入がないと困ると思って、
多少なりとも、奥さん名義で不動産を持たせたりすると、
いずれも自分の収入の上に加算されて、
七七%とか、八二%とか、
八八%の税率で課税されることになる。
これでは相続をする以前に、
所得税のところで早くもへこたれてしまうであろう。





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2013年9月24日(火)

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