死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

不動産から学ぶ経済の成り立ち

第67回
暴騰してからでは遅すぎる防止策

論語の中に「人能ク道ヲ弘ム、道、人ヲ弘ムルニ非ザル也」
という文句が出てくる。
道とは読んで字の如く人の通る道路のことであるが、
人間が生きて行く上の基準となる道徳や法律のことと解釈しても、
もちろん、さしつかえはない。

道であるから人が通るのではない。
人がたくさん通るようになれば、道がしぜんに広がって、
ますます多くの人が通るようになるのである。

それと同じように、世の中のきまりと言ったものは、
最初からあるわけのものではない。
多くの人がそうすることが
人道にかなっていると思えば、
しぜんに皆がそのしきたりを守るようになるものである。

同じことだが、いくら法律や道徳律があっても、
人がそれを守らなくなれば、それはないに等しいものである。
食管法などはその代表例で、
それを忠実に守って栄養失調で餓死した人もあるし、
ヤミ米が出回って米屋でさえ
公然とヤミ米を販売するようになってもまだ法律が改廃されず、
形骸化したままいつまでも人々をしばってきた。

そういう法律は悪法であるばかりでなく、
法律の権威を著しく傷つけるものである。

守れない法律は守らないでもいいのだ
という習慣をつくってしまうからである。

世の中はめまぐるしく変わって行く。
そして変わらないようでも、時間がたつと、
あれこれとひずみが出てくる。
そのひずみをなおすために法律とか規則がつくられる。

どこの国でもいつの時代でも、
法律はひずみの出たあとになってから、
後追いの形でつくられる。
だから、ひずみをなおすことができないだけでなく、
ひずみをなおそうとして、また新しいひずみをつくる。
不動産に対する建築法規とか、
不動産取引に対する税法などには
そうした弊害を伴ったものが多い。

つい最近も、東京を中心とした都市周辺の不動産が暴騰したので、
不動産の暴騰を防ぐために
税法を改正しようとする動きが出てきた。
国土庁や建設省あたりの試案を見ると、
住宅の買換えに対して免税措置をとるから
東京で値上がりした家土地を売却した人が
周辺の土地を買い漁って、
周辺部の土地が暴騰するのだ。

この際、買換えを認めないようにすれば、
暴騰が防げるだろうと主張する人もあれば、
土地を売却するのはいいとしても、
そのお金で強制的に買換えをさせられるから土地があがるのだ。

売却した土地代金は土地の買換えをしないでも
税金をとらないようにすれば、
地価はあがらないんじゃないか、と反論する人もある。

どちらにしても、地価が暴騰したあとになってからの議論であり、
今になってから防止策を打ち出したのでは遅すぎる。
買換えを認める代わりに、
三千万円の免税金額を五千万円に拡大すると言った案は
いかにもお役人さんの考えそうなしみったれた案だが、
住宅を売った所得に対して所得税を免除するという案は、
いささか虚をつかれる。

住居を売る者にとってはこの上なく嬉しい話だが、
お金を搾りあげることを至上使命と考えている
大蔵省のお役人さんたちに
受け入れられる可能性はあまりないであろう。

どちらにしても、お役人さんの考えることは、
まず地価の高騰を抑制することであり、
そのための禁止的罰則を設けることである。

供給をふやす抜本的な方策については、
罰則を設けたあとになってから考えても遅くない
という発想のようである。

こうした発想は暴騰した地価を元へ戻せないだけでなく、
罰則ができたあとの、土地の供給を抑える
という逆効果に終わることが多い。





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2013年10月4日(金)

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