死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

不動産から学ぶ経済の成り立ち

第79回
仮住まいが一年で三倍に

不動産について筆をすすめているうちに、
日本国内における不動産の値上がりは
ほぼ一巡してしまった。

既に坪当たり一億円の土地が現れてから、
私の執筆ははじまったのだが、
実は私はその少し前から、
東京の都心部を中心に地価があがるだろうと予感していた。
だから友人でその手の商売に従事している人たちには盛んに
「大通りに面して高い建物の建つ商業地区の土地をお買いなさい」
とすすめた。

次いで、
「青山通りに面した土地が三千万円にも、
四千万円にもなったというのに、
一つ横町を入った住宅地がいつまでも三百万円であるわけがない。
大通りに近くてムードのある住宅地の土地をお買いなさい」
とすすめた。

そういう商業地が坪一億円になり、
またそういうムードのある住宅地が坪二千万円になってから
「不動産が一番」の執筆を依頼されたので、
当時の私にできることといえば、
「都心部のマンションは今が買い時」
を書くくらいのことであった。

他人にすすめたくらいだから、
私自身もマンションを買った。
たまたま今まで住んでいた家を建てなおすことが本決まりになり、
約一年間、工事のために引っ越しをする必要が起こった。
家内と二人暮らしになってしまったのだから、
本来なら寝室二つにリビング・キッチンがあれば
何とか当座の用に間に合うのだが、
厄介なことに私のような職業には書庫というものがついてまわる。

蔵書など何万冊あろうと、
ふだんはろくに書庫の中に入ってもみないのだが、
原稿を途中まで書いて、
ふと「あの本に書いてあったなあ」と思い出したりした時に、
まさか真夜中の三菱倉庫まで走って行くわけにもいかない。
となると、本を入れるための部屋も必要なら、
あちこちに押し込んでいる絵画や
家財道具をしまっておく物置きも必要になる。
あれも必要、これも必要と計算しているうちに、
貸マンションを一時、借りたとしても
百万円以下の家賃では間に合わないことがわかった。

ちょうど不動産の値上がりが住宅地の値上がりにまで及び、
次はマンションの番だと自分も考え、
人にも説明しているくらいだから、
そういう絶好のタイミングに遭遇しながら、
貸マンションに住むのもおかしな話であった。

そこで、私の家と同じ設計者が設計した
新しいマンションが落成して売りに出されたので、
隣合わせの二室を買って壁に穴をあけ、
二室をつないで使うことにした。
二室あわせて五十五坪、坪当たりの単価は三百万円足らずだった。
私がマンションを買って引っ越しをしたあと、
「マンションは今が買い時」を書いた時も、
都心部のマンションで
坪当たり三百万円で買えるものはいくらでもあった。
というのも売りに出されるマンションは
三年前に土地を買ったり、
等価交換の契約をしていなければならず、
三年前は坪当たりのコストがまだ安かったので、
坪三百万円で売っても
業者は二割くらいの儲けには充分ありついたのである。

ところが、現に坪三百万円で売られているマンションも
地価は既に暴騰しており、
新しく土地を仕入れて建てることになれば、
坪当たり七百五十万円以上に売らないと
引き合わない状態になっていた。
だからいま売りに出されているマンションが
全部、売れてしまったら、もうあとは供給が途絶えてしまう。
こわがらずにマンションをお買いなさい、
と私はすすめたのである。

もちろん三百万円だってサラリーマンにとっては
ベラボーな値段だし、
何年もマンションが売れないで困った経験があるから、
業者も消費者も半信半疑だった。
ところが、それから月に一割ていどのスピードで
値上がりがはじまり、
次の年の二月に新居が落成して元の家へ戻ろうとした頃には
坪一千万円というマンションが珍しくなくなっていた。
念のために、業者にきいて見ると、
私たちと同じ時期に私たちと同じマンションを購入した人が
坪当たり九百万円で売りに出されているという。

「まさか」と私は我が耳を疑ったが、
渋谷で坪当たり二千万円で売買が行なわれた事例をきかされて
改めて驚きをあらたにした。
マンションのような、ごく中流の人たちが住む住宅でも、
購買者のふところがどうなっているかと関係なく、
経済の法則通りの暴騰をするのである。

一年間、住んでいるうちに売れば三倍に売れる大暴騰をしたから、
我が家の建築費はただになったようなものだが、
いくら値上がりをしたといっても
残念ながらマンションを売って
借金の清算をするわけにはいかない。
しょせんそれは「絵に描いた併」にすぎず、
いくらか役に立つとすれば、
商売が大赤字になって
借金を返済するために
不動産でも処分しなければならなくなった時
くらいなものであろう。





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2013年10月16日(水)

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