至福の一皿を求めて おいしさの裏側にある話

第10回
平凡な毎日が、特別になる日

思えば、田舎育ちの私にとって
外食は
「何かなくちゃしなかったこと」でした。
テレビの民放が2局しかない町で
小さな頃の楽しみといえば、
デパートの屋上とお祭りと、
七五三や誕生日の家族のごちそう。
そして、何かあると出かけるホテルのレストラン。

当時の私たち家族にとって、
フランス料理という言葉は
「すごいごちそう」という意味。
その日は何かのお祝いで、
ついでに父も出張で(ひとり減ったし)
「フランス料理を食べに行こう」と
母が言いだしたことを、おぼろげに記憶しています。
そして家族が家の玄関先に集合したとき
私は、祖母の被っているベレー帽に目が釘付けになりました。

モヘア地の、グレイの上品なベレー帽。
食事をしに行くときに帽子を被る人も初めてならば、
そんなお洒落な祖母を見るのも初めてだったのです。
いつも茶色とかの適当な服を着ているおばあちゃんが、
ベレー帽を、しかも斜めに被っている様子は
凛として美しく見えました。
その時はじめて私は、
今日が特別なテンションの日だ
ということを意識したのです。

私が祖母とフランス料理を食べたのは
たぶんそれが最後です。
今でも、記憶の中のいちばん好きな祖母と言えば
ふかふかのベレー帽を斜めに被ったその人です。

レストランのディナーは、
毎晩繰り広げられています。
でも、ひとりの客にとっては、
10年に1回だったり、50年に1回だったり、
もしかして一生に1回のディナーがあります。

今ではファミレスもありますし
昔よりずいぶん外食を
気軽にできるようになりましたが
それでも、料理を作る人には覚えていて欲しい。
レストランでの食事は、
平凡な毎日を
特別な日に変える力をもっているということを。


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