至福の一皿を求めて おいしさの裏側にある話

第51回
地方の時代が来る予感

イタリアで修業している日本人コックたちの取材で
とても興味深かったことがあります。
山、海、土、畑、水、
そこで育つ健康でおいしい野菜、
のびのびと草を食む牛、豚、羊、山羊、
手作業で作られるチーズなどを
イタリアに来てから、身近に考えたという人が多いこと。

イタリアの高級リストランテでは
ほぼ間違いなく食材の素性にこだわります。
たとえば野菜なら
自分の畑で、自分で育てた有機無農薬野菜を
使うシェフも珍しくありません。
おいしさを追求すれば、
つまりは健康的な食材に行き着くということでしょう。

もちろん日本のリストランテでも
真っ当な食材を使うことは当たり前になっていますが
彼らがこれほど身に染みて考えるようになるのは
野菜や牛や羊が育つ場所や、魚介が穫れる海を
肌で知ることができるからではないでしょうか。
イタリアでは、おいしいリストランテは
けっこう田舎にあるのです。

コック達はイタリアで、こう言います。
「帰国したら、自分で野菜を育てたい」
「自分では無理でも、情熱をもった農家とつき合いたい」
「田舎に店をもちたい」
そんな憧れを聞きながら私は
日本でも、地方の時代が来るような
予感をもちました。

そういう話を、ある場所で
食関係の編集をされている方にお話ししたときのこと。
その方は、こんなことを教えてくれたのです。

以前、日本人のフランス修業者が多かったときも
現地のように田舎でやりたいと志す若者が増え、
帰国後、地方で開店する者もいた。
だけど地方ではどうしても経営が難しい。
同じように修業して、店を構えても
都会のシェフは成功し、第一線で活躍しているのに……。
で、結局コック達は地方から都会へ戻ってきた。
田舎への思いがあっても
コックたちの価値観がそこにあるうちは
地方ではやっていけないのではないか、と。

なるほど。
イタリアに日本人コックが増える以前は
フランスを目指す若者が多かったと聞いてはいましたが、
まさかこんな結末があったとは。
現実は、きれいごとだけでは済まされないのです。

しかし同時に、私の頭には
昨年、北海道・函館に店を構えた
若いシェフの作るイタリア料理が浮かんでいました。
近所の海で朝獲れたばかりの魚介や
知り合いが育てた有機無農薬野菜、健康な鶏の新鮮な卵を使う
その皿は、そこでしか食べられないもの。
海に潜り山に登る、彼にしか作れない味。
採算はとれているのかという私の心配をよそに
取材時、小さなトラットリアは
オープンから半年経っても連日満席状態でした。

もしかしたらコック達の、いや客も含めた
日本人の価値観は
すでに少しずつ変わり始めていたのかもしれません。
だとすれば、
地方ならではの豊かな食材を使った、一流のリストランテが
今よりもっと増えるはずです。
単純かもしれませんけど、あらためて
この予感に期待したいのです。


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2004年3月1日(月)

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