石原新さんが歩む21世紀型日本人ビジネスマンへの道

第99回
8回表登板のリリーフ、しかも敗戦処理だったが・・・

2001年に私が台湾に赴任した当時、
液晶テレビで有名な
日系の某電機企業台湾支社の偉い方から頂いた言葉です。
「石原さんは8回表登板のリリーフ投手みたいだねぇ」。

仰った意味は、早ければ既に1970年代から
台湾に製造拠点を移し始めていた日本企業の多くが、
さらに安くて豊富な労働力を求めて
中国大陸に軒並み進出している時に
これから台湾に会社設立して商売を始めようというのは、
いかにものんびりとしているねぇ、という皮肉でした。

事実、台湾のOEMメーカーは
現在世界のノートパソコンの約8割を製造していますが、
その生産拠点のほとんどが中国大陸に移っています。
当時我々の開発していたセンサーモジュールは
機能の面でも価格の面でもお客様のご要求についていけず、
結局台湾小倉に関しては、
私は敗戦処理投手となってしまいました。

1990年代にコンピュータ産業で飛躍を遂げた台湾企業自体も
現在日本企業と同じく中国の脅威に晒されています。
コスト競争力に重きを置く会社は、
上述のように生産拠点を大陸に移すことで
薄いながらも利益確保を図っています。
一方、例えばATIやnVIDIAといった
画像処理用のICチップを提供する会社は
台湾人が台湾を飛び出しカナダやアメリカで設立したもので、
このような会社は設計能力を武器に
世界を相手に商売をしています。

私が今後も台湾に残る理由、
それはオグラ技研から引き継いだ製品で
日本のお客様に高く評価されているものが
幸いにしてまだ残っていることと、
低コスト以外に価値を見出していただけるもの、
つまり設計(デザイン)能力が評価されるものを
今後提供していきたい、台湾企業の傘下でそれを追及してみたい、
と思っているからであります。

無論、それには美しいものを見極める審美眼とそれを実現する力、
お客様に提案していく構想力が必要なわけですが、
IT市場は中国も含め
まだこれからどんどん大きくなっていくのですから、
やり甲斐がありますね。


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2005年6月23日(木)

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