服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第363回
夏彦流おしゃれの極意

山本夏彦さんを知っていますか。
名コラムニスト。
たしかにそうですが、
その一言では言いつくせない、おおきな人物でした。
まずなによりも本当のことを、
あるがままに、分りやすく書く名人でした。
人間にとって耳の痛い、
本当のことはなかなか書けない。
それを簡潔に書くことの天才でした。

夏彦さんは残念ながら世を去りましたが、
数多くの著書は今なお健在です。
いつでも著書を読むことができます。
いつでも夏彦さんに会えます。
『一寸さきはヤミがいい』(新潮社刊)が
最後の著書だと私は思っていました。
ところがここに特別付録が出た。
これはなにより嬉しいことなので、
ご承知とは思いつつお知らせする次第。

山本伸吾著『夏彦の影法師』(新潮社刊)
著者は夏彦さんのご長男です。
帯に<誰も知らない夏彦が、ここにいる。>
誰がつけたか、これは名文句です。
エッと思う、オヤッと思う。
これはぜひ買わなくては、と思わせる。
で、実際に読んでみてその通りなのだから、
これはもう名文句以上でしょう。

夏彦さんの没後、
50を超える日記帳が残された。
その日記を主体とした1冊なのです。
夏彦ファンならずとも読みたくなるでしょう。
しかもこれらの日記は、
没後発見されるだろうとは思っていない。
ここには生(なま)の声、生の言葉があります。
さらに加えて著者は
ただひたすら生身の夏彦を伝えようとしている。
包み隠すこともできたでしょうに。
さすがは夏彦さんの血をひいているだけのことはあります。

9月1日の日記には、こう書いた。
<パパス撮影。写真変装上出来>
どうやらお気に召した様子。
<<居ながらにして別人になるのはいい心持である。
全くの別人ではなし、
さりとて全くの当人でもない>>と
『一寸さきはヤミがいい』にも書いています。
この心境もまたおしゃれの極意なのかも知れません。

それにしてもやはり日記は書いておくべきものと、
あらためて思ったことです。


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2003年9月30日(火)

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