服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第390回
世界でいちばん贅沢な靴下

今の世の中でいちばん贅沢なことは
何だと思いますか。
もちろん人それぞれ価値観が違うから難しい。
けれどもあえて考えてみようではありませんか。
高級靴を注文することでしょうか、
純銀製の爪楊子を必携することでしょうか。
いや、そうではありません。
お金を出せば叶うことを贅沢と決めてしまっては、
人の心の部分が忘れ去られてしまう。

私は繕いのある靴下ではないかと思います。
繕いがあるということは、
小さな穴が開いているということです。
小さな穴が開いても捨てるにしのびないほどに
愛着の靴下でなければなりません。
また、実際に繕いをするだけの気持と
技を持っていなければなりません。
これほど贅沢なことは他にはないでしょう。
今、まわりを見渡しても、
繕いのあとのある靴下を履いている人はまずいません。

スーツにカギ裂きをつくった時には、
誰でも修理に出すでしょう。
むかしは専門のカケハギ屋が少なくありませんでした。
今はクリーニング店でもやってくれます。
けれども靴下に穴が開いたからといって、
修理に出す人はいないでしょう。
そして合繊の靴下の場合も同様。
さすがの私だって捨ててしまう。

昔、絹の靴下(紳士物)を買うと、
少量の糸が付いてきたものです。
穴が開いたならこれで修理して下さい、
という意味なのです。
絹であろうとなかろうと、
モノのない時代には家庭で靴下を修理をしたものです。
靴下修理には必ず電球を使います。
靴下の中に電球を入れる。
これでカーブの部分をうまくつくるわけですね。
つまりほぼ履いた状態でひと針ひと針繕ってゆく。
これは針が持てる人なら誰にだってできます。

さて、修理方法が分ったところで、
一度くらいはシルク100%の靴下を
履いてみようではありませんか。
そもそも靴下はそれほど人には見えない。
仮に見えたとしても、
たいていの人はナイロンだろうと思ってしまう。
でも履いている自分にだけはその感触の良さが分る。
しかも小さな穴を繕ってある。
ああ、なんと贅沢なことでしょうか。


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2003年10月27日(月)

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