服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第453回
美しい言葉の力

書初めはもうやりましたか。
むかし、新年といえば書初式と称して、
筆を持ったものです。
今ならパソコンの立上式?が
それに当るのでしょうか。
現在では毛筆を使う機会は少なくなりましたからね。

さて、それをわざわざお尋ねするということは、
私はやってみたのです。
今年の正月は久々に静かな、穏やかな、
何もすることのない休日で、
筆を持つくらいしか思いつかなかったのです。

先ほどから「筆」とは言ってますが、
実は「筆ペン」、インスタント物です。
でも、最近の「筆ペン」実に良く出来ていますよ。
半紙をひろげて、筆ペンの太字で書いてみる。
我ながら下手な字。形の整わない字。
恥かしいほどの自己流。
でも、考えてみればまさしく自分の字で、
他の誰にも書けない字。
自分らしい字であれば良し、
と考えることにしています。
なにも書道の先生になろうというのではないのですから。

では、次に何を書くか。
「禍福無門」と書く。
いわゆる四字熟語ですね。
もちろんそんな立派な言葉を私がしっているはずはなく、
辞書を開いて拾うのです。
「禍福無門」(かふくむもん)。
これは中国の『春秋左白伝』に出てくる言葉で、
「災いや幸福に入口があるわけでなく、
結局は人が招くものである」
という意味なのだそうです。

あるいは「愚公移山」(ぐこういざん)
という言葉もあります。
努力を重ねれば、
どんなに不可能のように思えることでも完成に至る、
という意味とのことです。
2枚、3枚と書いて、
なかでも出来の良いものに著名して、
どこかに貼っておく。
何枚書いても、
それほど上手にはなりませんでした。
けれどもゆっくり心を落着かせることが出来ました。
とても良い気分転換です。

あらためて書初めなどといわなくても、
これからは折にふれて、
半紙をひろげてみようと思ったことです。
自分がバカに思える時、
静かに字を書いて、
勇気づけてもらおうではありませんか。


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