服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第599回
どうして扇子は難しいのか

扇子を使ったことがありますか。
スーツを着ていて、
扇子を使うのはなかなか難しい。
第一、ふだんどこに入れておくのかについても
困ってしまいます。

扇(おうぎ)がもっとも似合うのは、
やはり着物を着た時でしょう。
というのは日本の美と西洋の美とが、
はっきり違っているからです。

たとえば絽(ろ)の着物を考えてみれば、
よく分ります。
薄く、軽い、透ける生地で、盛夏の代表的な生地。
似たようなものに、紗(しゃ)があります。
絽も紗も盛夏の生地ですが、
では本当に涼しいのか、
と言えばちょっと口ごもってしまう。
結論を言うと、暑い。
絽も紗も透けるので、
下着だけで着るというわけにはいかない。
その上に、白無地の長着(ながぎ)を重ねる。
すると、着ているほうは、
それほど涼しいわけではないのです。

では、どうして絽の着物があるのか。
それは絽の着物を見ているほうが
涼しさを感じるからです。
で、着ているほうで、
「涼しさを感じている人」を見ることによって、
涼しさを感じよう、という
ちょっと複雑な構造になっています。

扇子もまた、これに似ています。
扇子を使うことによって、
実際上の涼風を得るのが、
本当の目的ではないのです。
そもそも本当に暑い時、
扇風機や冷房のテキではありません。
手短かに言えば、
扇子はあくまでも涼しさの演出なのです。
別言するなら「涼しさの見立て」。

優雅に扇子を使うことによって、
それを眺める相手につかの間の涼を感じさせる。
そのつかの間の涼を見ることによって、
こちらもまた「涼」のおすそ分けを頂く。
それが扇(おうぎ)の美学なのです。
西洋が実際上の「涼」を求めようとするのに対して、
日本は観念上の「涼」を求めようとする。
その違いでしょうか。

扇子は本当は夏の着物にこそふさわしい。
「本当は着物な人だけれど」と想いながら
使うと致しましょうか。


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