デタラメな大陸軍
当時の台湾にはまだ国民政府は遷都してきていなかったが、蒋介石が任命した陳儀という行政長官が手下の軍隊を連れて乗り込んでいた。この陳儀麾下(きか)の軍隊が恐ろしく程度の悪い烏合の衆で、天秤棒に七輪や鍋釜を担いで上陸してきたので、日本軍の秩序正しい行動を見慣れてきた台湾の人たちに大きなショックをあたえた。その上、法律は守らないし、公金は横領するし、日本人の残していった財産は片っぱしからポッポに入れてしまうし、議会で台湾の代表たちが批難をすると、日本帝国主義的教育の害毒を受けた者が何を言うかと逆に食ってかかられた。
私は学者になる気持ちをまだ持っていたので、台湾大学に名前を変えた元台北帝大に籍をおくつもりでいた。ところが、大陸からきた連中は役所の椅子はもとよりのこと、大学や専門学校の目ぼしい椅子までほとんど占領してしまい、大学教授になる資格のない者でも、卒業証書の偽造をして、教授室におさまっていた。日本が台湾を植民地として統治した五十年間に、東大を卒業した台湾の人たちは百人ほどしかいなかったが、これらのちゃんとした学歴を持った者に配分された職はせいぜいが中学校の教師くらいなものであった。
一方、インフレで物価は暴騰を続け、戦争中は家が一軒買えたお金で、戦後は靴を一足買うこともできなくなっていた。東京から戻ってきた私の先輩たちは、台湾の有力者に働きかけて、私立大学をつくるプランをたてた。私もその一員に加えられ、奉加帳を持って使い走りをつとめたりした。しかし、台湾の人たちの動きは、どちらかというと反政府的な行動と見なされていたので、折角の大学設立申請もなかなか思うように許可してもらえなかった。
←前ページへ 次ページへ→

目次へ 中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」
ホーム
最新記事へ