密輸でなくても
小型の黄金メッキの女物の腕時計は、のちに日本で「南京虫」と呼ばれ、水商売の女性たちの間でもてはやされるようになったが、当時はまだそのハシリにすぎなかった。恐らく蔡は金塊を手に入れた日本の貴金属商から逆にたのまれたのであろう。小さい割には値が張るので、高く売れれば、このほうが運搬には都合がよかったが、それを二百個、三百個と買って、石油カンに詰めても、石油カンは一杯にならなかったから、もしこの石油カンを海に落して掬いそこなったら大損をするだろうな、と他人事ながら心配になった。
仕入れに歩く道々、蔡は靴店の前を通ると入ってラバソールを買い、毛糸店の前を通ると中に入って毛布を買った。その他にも、洋服地を買ったり、セーターやマフラーやらを買って、私にこれを小包にして郵便局から東京の自分の家族に送ってくれるようにと頼んだ。
私がどうしてこんな物を送るのかときいたら、
「ここで買う値段の三倍も四倍もするんですよ」
と蔡は答えた。
「どうしてこういうものが郵便局から送れるんですか?」
と私がききかえすと、
「外国に親戚や友人のいる人は『救恤(きゅうじゅつ)物資』といって、家庭用程度なら送ってもらえるのですよ。僕は船員になりすましているから、船の中にこういう物は持ち込めませんが、郵便で送ることならできます」
「個人が使う程度の量なら何でも送れるのですか?」
「送れると思いますよ」
「じゃペニシリンとかストレプトマイシンでも?」
「二本や三本ならいいんじゃないですか」
「洋服地や毛糸でも、売ろうと思えば売れるんですか?」
「日本には、こういうものは何もないですからね。倍の値段ならとぶように売れるでしょう」
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