しかし、私は香港の家を売ることについてはあまり熱心ではなかった。私たちは昭和二十九年四月に、香港から東京に移住したが、その何年か前に、朝鮮戦争が勃発して韓国はすんでのところで北朝鮮に呑み込まれてしまうところだった。大陸はすでに共産党に占領されて共産政権ができ、香港も安全なところではないと思っていたが、北朝鮮のあの破竹の進撃ぶりを見ていると、日本も危ないのではないかとおそれた。
もし再び戦争に巻き込まれたら、また防空壕に入ったり、山奥を逃げまわったりしなければならないのではないか。戦乱の世の中を生きてくると、人間はどうしても、必要以上に神経質になってくる。万一ということもあるからと、コンビーフの缶詰を百個以上も買い込んで、食糧の備蓄をしたこともあった。
実際には、その後、日本は他国の戦争のおかげで大儲けをしたことはあっても、自分たちが戦争に巻き込まれるような目にあわないですんでいる。ただ私は、逃げ場を失うことに恐怖を感じていたので、日本が駄目ならせめて香港に避難できるようにしておくべきだと思っていた。だから妻にいくら言われても、
「まあ、いいじゃないか。家賃もあることだし、どこでどういうことで助かるかわからないのだから」
と言ってとりあおうとしなかった。
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