前川正博さんはこうして
福祉の国で、国にたよらずに根をおろしました

第52回
スーツケースは?

国民学校に入学して、オーボーの他にもう一つ冷や汗をかいたのは
校長先生と面談です。
ニコニコして「何だか、かんだか」と、
当然のようにデンマーク語で色々話しかけてくるのですが、
さっぱり解りません。
だんだん向こうの表情が強張ってきました。
・・・思い出しました。
何とか私を入学させようとニルスが
「デンマーク語はまだ話せないけれど行くまでには覚えます」
と申込書に書いたのを。

入学した目的のひとつは言葉を覚えることだったのですが、
これは全く失敗でした。
その国にいれば
自動的にその国の言葉は覚えるような気がしていましたが、
勿論そんなことはありませんでした。甘いです。
まず基礎を勉強しないと何にも頭に残りません。
私に部屋を提供してくれた大学生のニルスも、
申込書に書き込んだ時点では
私に言葉を教えてくれるつもりでした。
でもそのうちに二人とも忙しくなってしまいました。
彼は文学部の学生でしたが、自作の詩を自費出版したり
それを朗読してくれという放送局が現れたりしたのです。
私も10キロ離れた林檎畑にアルバイトに通っていました。
林檎畑には初めは自転車で、
後にはイタリア製の原動機付二輪車で通いました。
原付二輪は楽でしたが10月を過ぎると体が冷え切って、
部屋に帰って寝床に就いてもいつまでも冷たかったです。
林檎畑の周りはポプラの大きな木が囲っています。
秋から冬にかけては風が強いので、
朝行くと林檎の実がパラパラと落ちていることがよくありました。
秋の林檎取りと初夏の苺摘みがこの国の代表的なアルバイトです。
今も東欧の人が
収穫の季節に合わせてヨーロッパ中を回っています。

私はニルスにその彼の詩の本をプレゼントしてもらったのですが、
まったく読めませんでした。
女性の名前が語呂を合わせて連なっているのは解りました。
ニルスは
「詩の本質とはどういうものだと思う?
俺は“この世界は総て良し”と歌う事だと思うよ」
と私に問いました。
私は「詩の本質は“コンセントレーション”ではないかい」と、
わざとではありませんが“はずした”答えをしました。
ニルスはそれをどう取ったのか「ウッ!?」というような感じで
黙りました。
後でデンマーク語が読めるようになってから本を取ってみると
「xxxはスーツケース」という題の過激な詩集でした。


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2004年9月28日(火)

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