死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第5回
結婚費用をだれが払うか

どこの家の親でもそうだと思うが、
親というものはバランスのとれた縁談に関心を示す。
身分不相応な家から嫁をもらうのも大へんだが、
あまり貧乏な環境に育った娘を
家に入れることにも躊躇をおぼえる。

ガツガツ育った者が急に金回りがよくなったりすると、
気がおかしくなることが多いからである。

だから私は息子に、
「将来、実業家になるのがお前の夢だろう。
実業家というものは、芸術家と違って人間関係が財産だ。
いまのお前なら、将来、
自分の仕事を手伝ってくれるような家から
嫁を選ぶことは自由自在にできる立場なのに、
こういう結婚をするということは、
自らそのチャンスを放棄することになるねえ」

すると、息子は間髪を入れずに言いかえした。
「僕は子供の頃からパパに
“他人を頼りにするな。自分の力で生きよ“
と教えられて育ってきました。
いま、その通りにやっているのです」

これには、さすがの私も返す言葉に困り、
「わかった。自分がいいと思ったことだから、
それでいいだろう」
と答えるほかなかった。

考えてみれば、私だって自分の配偶者は自分で選んだ。
香港へ流れて行って、無一文からスタートし、
短期間に金儲けをし、二十六歳で高級マンションに住み、
運転手つきの自家用車を持つ身になってからのことであった。

紹介する人があって、女房の家に連れて行かれ、
知りあいになってから結婚しようという気を起すまでに
一週間とかからなかった。

あんまり早すぎて、何か下心があるんじゃないか、
と女房の兄弟たちから痛くない腹までさぐられたりしたが、
私はいつも決心するとすぐに実行に移す性格だったから
世間の常識やしきたりなどあまり気にしなかったのである。

当時、私は満二十七歳だった。
息子が実際に結婚式をあげたのとちょうど同じ年齢だが、
一つだけ決定的に違うことがある。
それは私が自分の結婚費用を自分で払ったのに対して、
うちの息子は、親に払ってもらったということである。

糸川英夫先生の本を読むと、
結婚費用を自分で払った世代と、
親に払ってもらう世代をかなり厳格に峻別している。

親に払ってもらう世代は「甘えの世代」であって、
この世代が社会の中堅になる時代は
駄目な時代だと言うのである。

そうした駄目オヤジに育てられた次の世代が
オヤジの駄目さに愛想をつかして、
奮起して頑張るのが次の三十年だから、
三十年ごとに頑張る世代と
駄目な世代が入れかわるのだそうである。

まさか親に払ってもらう奴は全部駄目だ
ということにはならないと思うが、
これを「駄目な奴」ときめつけるよりは、
「豊かな時代」に育った者とそうでない者の違い
というべきであろう。

人間は常に、自分と同じ苦労を味わわなかった者に対しては、
寛大な気持になれないものなのである。





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2012年11月26日(月)

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