死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第37回
挨拶は大反響だったが……

爆笑のうちに結婚式は終った。
ホテルオークラの平安の間では、毎日のように結婚式があり、
ボーイさんたちも、テーブル・スピーチは
あきあきするほどきいている筈である。
そのボーイさんたちがカーテンのかげにかくれて
笑いをかみしめたくらいだから、
きっとよほどおかしかったに違いない。

帰るお客たちの中で、
「最後にセンセイに持って行かれてしまいましたね」
と挨拶する人もあれば、
「どうにも身につまされる話で」と苦笑した人もあった。
その人の娘さんの結婚式には
私も招待されてスピーチをしたことがあるが、
つい最近、出戻ったばかりだったのである。

家へ帰りつくと、すぐ友達から電話がかかって、
「今夜の最後の挨拶はよかったですね。
“冠婚葬祭名スピーチ集“という本をお書きになったら、
きっとべスト・セラーズになりますよ」
と盛んに褒めてくれた。
しかし、私が受話器をおくと、女房がすぐ私に、

「さっき、あなたは言い間違えましたね」

と言った。

「どこが間違いかね?」

と私がききかえすと、

「あなたは挨拶の中で
“娘が十人いたら、ド口ボーが九人いる“
とおっしゃったでしょう。
でも本当は
“娘が九人いたら、ドロボーが十人いる“
というんですよ」

「どうしてだね?」

「母親も一緒になって手伝うからですよ」

うちの次男は口が悪いので鳴らしているが、
その晩は、新郎新婦の二次会に残り、
翌日になってからやっと私と顔を合わせた。
息子は私の顔を見るなり、こう言った。

「パパ、昨夜、パパの言ったことは間違っていたよ」

「どうして?」

「パパは三百三十人の家を一軒一軒まわっているうちに
人生が終ると言ったでしょう?
でも昨夜、来た人は大半がお年寄りだから、
全部まわりきらないうちに、死んでしまっているよ」





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2012年12月30日(日)

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