死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第92回
出世のあかし

男が将来、何になりたいかと聞かれた場合、
それは職業のことを聞かれたものと解釈する。

「野球選手です」「音楽家です」「デザイナーです」
「歌手です」という答えは、いずれも職業を意味している。

どこの球団に属するか、
どこの企業でデザイナーをやるのか、
またジャズ・シンガーになるのか、
どこの専属の演歌の歌手になるのか、
ということは、実際に或る程度、才能を認められて、
「そうなれるかもしれない」可能性が出てからのちのことである。

しかし、それにしても目標とされる職業が
昔に比べて如何に変ったことか。
昔は人の上に立つことが出世のあかしであったが、
今は、@有名になること、A収入がそれにともなうこと、
Bなるべく自由職業に近いこと、が目標になっている。

若い者ほどこの傾向は強くなっているから、
おそらくそのうちに、政治家になったり、
大企業の社員になることも
あまり世間から高く評価されないようになるであろう。

マスコミがうんと発達したこともあるが、
成熟社会になって物離れがますます激しくなったので、
物をつくる人すらも魅力のある存在とは見られなくなり、
人々の関心はエンタテインメント(娯楽)に
集中するようになった。

娯楽商売のチャンピオンたちは、
ブラウン管や新聞のページで
大きなスペースを占領するようになったばかりでなく、
それに比例して収入も多くなっている。

ビートルズやプレスリーになることが、
イギリスの宰相やアメリ力の大統領になるよりも
若者たちにとってはカッコのよいことであり、
また、自由になるお金を持てることが
大会社の社長になるよりもずっとよいと思う人は増えている。

今の傾向が更に進めば、
そのうちに三百人の従業員を使ってあくせく働いている人よりも、
アフリカでも南米でも自由に旅行に出かけられる
フリーのライターの方が羨望の対象にされるであろう。

開高健氏が南米で魚釣りをしている場面が
テレビのコマーシャルに出てきたり、
深田祐介氏がサラリーマンたちの
「優雅な生活」のシンボルと見なされている事実が、
このことを物語っている。

男の出世の目標も、
この四半世紀でこんなに激変しているのだから、
女の生活の目標が変るのも当然であろう。
「お嫁さんになります」という回答が
当り前と考えられた時代には、
それが大半の女性の職業であった。
男は仕事を見つけて働きに行くが、女性は嫁に行って主婦になる。

主婦には、家事から始まって、
主人の身のまわりの世話、
育児、家計のやりくりといった仕事がある。
これらの仕事は一家にとって重要な仕事であり、
また心遺いとかなりの労働を要求される仕事でもある。

男が金を運んでくる仕事、女がそれを使う仕事となると、
いつしか経済権を握った者の発言権が
強くなるのは避けられないが、
それは必ずしもすべての家庭に共通しているわけではないし、
またどこの社会にも通用する傾向でもない。
しかし、総じて言えば、
「女を大切にする」アメリカやイギリスのような国でも、
マンに対するウーマンという言葉が象徴しているように、
男性主導型の社会風潮が長期にわたって持続してきた。
それを打ち破り、流れを変えさせたのは、
女性の職場進出ではないかと思う。





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2012年3月9日(土)

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