死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第97回
個食の時代

西武食品館という二千四百坪の食品売場を演出した
西武百貨店の常務の和田繁雄さんと雑誌の対談をしたことがある。
話の途中で突如、
「この頃はコショクの時代ですから」と言われて
「えっ?コショクって何ですか?」と聞き返したことがあった。

「個人の個ですよ。
この頃は一人で食事をする人が増えているんです。
とニコニコしながら和田さんは答えた。
核家族化が進行して、
家族の単位は夫婦に子供二人どまりというのが多くなったが、
結婚をしないでずっと一人暮らしを続ける男女も増えたし、
札チョンや名チョソのように、
支店に転勤を命ぜられた者が
単身赴任して一人暮らしをしているケースも見られる。

また三人家族、四人家族の家でも、
学校から帰ってきた息子が、
「もう塾が始まるから、僕、先に食べるよ」と言って
一人でインスタント・ラーメンか何か掻き込んで
出かけるのもあるし、
亭主と一緒に食事をするつもりで用意をしていたら、
突然、電話がかかってきて、
「今夜は急にお客の接待をしなければならなくなったから
帰れなくなったよ」と告げられて、
一人わびしくタ食を食べている奥さんの姿も珍しくない。

そういう「個食の人」が増えたというのに、
スーパーで売っている生鮮食品の大半は相変らず一家四人、
もしくは五人単位の量に包装されている。
買って帰って、一人分だけ調理をして
残りを冷蔵庫の中にしまい込み、
あとは明日と思っても、明日も個食が続いたのでは、
毎日、同じ物を食べているわけにもいかず、
結局、腐らせてゴミ箱行きということに相成る。

そこで、思い切って包装はすべて一人前単位に改善したところ、
これが人気を呼んで爆発的な売れ行きを示しているという。
池袋の西武百貨店が日本橋の三越本店を追い越して、
売上高日本一の座にのし上がったのは、
時代の動きをよく計算に入れた
戦略の結果であることがおわかりいただけると思う。





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2012年3月14日(木)

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