死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第103回
男の残り火

六十歳という年齢は、
私がこれから経験するところであるが、
男は六十歳前後になると、
急速に性欲が衰えてくる。
若い時をふりかえってみると、
見境もなく遊びまわる人もあるが、
もちろん、かなり控え目の人もある。

しかし、どちらにしても、
婚外セックスの可能性は大であるから、
浮気にせよ、本気にせよ、
セックスが離婚の有力な理由として潜在している。

それが顕在化した途端に
熱戦冷戦さまざまの立ちまわりがはじまるが、
いくら離婚の理由があっても
それが離婚まで発展するとは限らない。

それなのに、性欲も減退して浮気の可能性もうすらいでから、
真剣になって離婚を考える女性がふえるとすれば、
もしかしたら、男と女を結びつけているのは、
どれだけ現実的に肉体関係があるかは別としても、
ホルモンの作用であるのかもしれない。
ホルモンがうすれると共に接着剤が効かなくなって、
バラバラになる動きが強くなってくるのである。

男の六十歳は、人によってむろん、個人差はあろうが、
いよいよ性行為とも別れが近いというアセリがある。
そこで、東宮侍従長や戸川猪佐武氏のような、
年の違う女の腹上で華々しい戦死をする人がふえてくる。

この人たちはたまたま有名人であるために
ジャーナリズムの話題にされてしまったが、
六十歳前後には常にそうした可能性があり、
またそうした死の迎え方をしている人はかなりいたに違いない。

ご本人にすれば、
癌になって死ぬよりは少なくともしあわせな死に方であろうが、
奥さんにとっては決して気分のよいものではなかろう。

うちの女房などは、
「私なら灰を墓の中に入れないで、捨ててしまう」
といって私を脅かしているが、
たとえそういう目にあわされる可能性があるとしても、
ではやめておこうか、
という自制力としては作用しないであろう。
それほど「男の残り火」は
男にとってかけがえのないものなのである。

しかし、男の人を見ていると、
女の人に気に入ってもらうために、
それほどの努力をしているとは思えない。

中年から上になると、男の人はどうしてか、
体型を維持する努カもしなくなるし、
どういう服装が自分によく似合うか、
さして工夫をしようという気もなくなる。

一流のバーやクラブのようなところへ行っても、
中年の魅力とはほど遠い風ていの男たちに出くわして
びっくりすることがある。

男にとって、金と社会的地位が重要なことはわかるが、
女も同じような物差しで自分を評価すると思っているのか
といぶかしく思うことがある。

お金が男としての魅力の失われた分を
補う力を持っていることは確かだが、
それだけでは男の魅力にはならないのではなかろうか。
まして、「いくらあげれば、いうことをきいてくれる?」
といった態度では、熟年の魅力は発揮できない。

性欲が衰えを見せる時は、
実は男としての魅力も下落する時であり、
それは妻の目にもはっきりそれと見極められる性質のものだから、
「もうたくさんよ」ということになってしまうのである。





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2012年3月20日(水)

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