そういう事態に立ち至った場合、ドラッグストアに毛の生えた程度の小さな銀行で起った取り付け騒ぎなら、政府が保証した一人当り十万ドルの払い戻しを政府の責任で実行すれば事足りるだろうが、アメリカを代表するような一流銀行や証券会社が店じまいをするのを政府がはたして傍観しておられるだろうか。
七十年前といまの一番違うところで、一九二九年の大恐慌の頃は、金本位制の時代であったために、大統領の権限をもってしても黄金の裏付けなしに紙幣を印刷することができなかった。ルーズベルトが救済のための政府資金を捻出するためには一ドル当りの金の含有量を減らすという涙ぐましい創意工夫を要求されたのである。
それに比べれば、クリントンは紙幣を印刷して不良債権の肩代りをすればいいのだから、国民と議会を納得させることができさえすれば、危険を何とか乗りこえることができないことはない。日本でも消費を義務づけた減税を実施する一方で、政府が日銀に命じて百兆円の紙幣を印刷して不良債権の肩代りをすればいい。
ただ、日本人は前例のないことをやることに慣れていないから、何もやらないことで問題を先送りにしてきた。いよいよ通貨不安がアメリカにまで上陸して、アメリカ人の尻に火がつくことになれば、いままで対岸の火事としてのんきに構えていたアメリカ政府も大あわてで火消しにまわらないわけにはいくまい。
この際唯一の、そして有効な方法は、銀行の債務を政府が肩代りすることである。政府が肩代りするということは、銀行が損をして支払えなくなった分を政府が紙幣を印刷して代りに支払うということだから、不良少年がラスベガスで不始末をした分を親が尻ぬぐいをするようなものであろう。バクチをやらなかったほかの子供にとっては納得のできない出来事だが、最終的には自分が銀行に預けていたおカネが全部パーになるよりはましだと嫌々ながら承認せざるをえない、割に合わない不祥事であろう。
あれこれ知恵を絞っても、結局はこの方法以外に妙案はない。もしアメリカで、たとえばルービン財務長官のような人が勇猛果敢に政府の肩代りを選択すれば、日本もそれに追随することが考えられる。すると、世界の二大経済大国で不良債権が一応解消するから、産業界に栄養を送り込むシステムが勢いを取り戻して、銀行は正常化する。
もちろん、旧い経営者たちは責任をとらされて選手交代させられるだろうが、誰がトップに立とうと、循環系統が正常に機能するようになればそれでいいのである。日米両国でそういう歩み寄りができるようになれば、世界中をなめつくした金融不安もどうやら終熄に近づくことになる。
私がこういうことをいうと読者はすぐにもインフレを連想するにちがいない。確かにインフレ政策以外に妙案があるとは思えない。しかし、お札がふえてもインフレになるまでにはまだまだ時間がかかる。みんな財布の紐を締めることに慣れてしまうと、おカネがふえても使わずに銀行や郵便局に持って行って預金をしようとする。おカネを使う人が少なければ、インフレにはならないのである。
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