第932回
成長株買いで株の買い方が変わりました

昭和30年代に私がどんな株を
成長株として推奨したかについては、
折りにふれて述べてきましたので、ご記憶の方も多いと思います。
たとえば、マイカーブームが来ると考えた私は、
自動車が日本の道を拡げると考えて、
トンネルと橋梁の株をすすめました。
トンネル工事を代表して佐藤工業、橋梁株を代表して宮地鉄工と、
当時としては誰も思いつかなかったような分野であり、
また銘柄でした。

また最近、国内牛肉の買上げで不正を働いたと言って
袋叩きにあった日本ハムも私が推奨した株の一つです。
当時はまだ魚肉ソーセージが大量に生産されていた時代でした。
魚肉の方がコストが安かったので、
日本人は魚肉ソーセージでガマンしていましたが、
そのうちに所得があがるようになったら
必らず本物嗜好になるだろう。そうしたら、
いまはまだ町の肉屋さんみたいな扱いを受けているけど、
ハムやソーセージのメーカーが大産業になるに違いないと考え、
当時、吉野川の河っぶちに小さな工場のあった徳島ハムまで
出かけて行きました。
こんな会社が成長路線を走るようになりますよと
すすめたものの、まさか四国の田舎のハム、ソーセージ屋が
次々と同業他社と合併して日本ハムという大会社になり、
球団まで持つようになるとは思ってもいませんでした。

また或る時、首つつりと呼ばれた出来合いの洋服をつくる
大阪の樫山というレディメイドの洋服店の工場を見に行きました。
洋服と言えば、誂えが常識だった時代に、
型紙で50着分一ぺんに裁断する現場を見て、
「いまに日本国中のサラリーマンがこういう服を着るようになる」
と確信した私は樫山オンワードの株を推奨しただけでなく、
自分が率先してレディメイドの洋服に腕を通すようになりました。
私が週刊誌に書いただけで、
樫山の株が600円から3000円まではねあがって
社長だった樫山純三さんが驚いていたのを
いまだに記憶しています。
成長株買いは投資家たちに一財産つくるきっかけをもたらしました。


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2002年9月28日(土)

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