第1114回
北京語が中国の国語になったいきさつ

さしあたりは学校の成績のためにも、
またアメリカに留学に行くためにも、
更には国際舞台で色んな国の人とつきあうためにも
英語を覚えることが必要です。
この傾向は今後もかなり長期にわたって続くと
考えていいでしょう。

しかし、今後の世界情勢の変化を睨み、
且つ日本の産業界の将来のかかわりを考えたら、
日本人にとって英語に優るとも劣らない重要な外国語は
何といっても中国語でしょう。中国には13億の人口があり、
まもなく15億をこえる時代がきます。
これだけ広大なところですから、
喋る言葉も地方によって違います。
広東語と上海語と北京語とではお互いにきいても
何を喋っているかわかりません。
但し、漢字という共通の文字を使っているので、
字に書くと通じます。そこが中国の強味で、
分裂してもまた統一に戻るのは漢字がタガの役割を
はたしているからだと見ることもできます。

清朝時代は満州族が統治していましたが、
公用語は首都が北京におかれた関係で北京語を使っていました。
科挙の試験に合格して役人になった人たちは
公用語を使っていましたので、
地方に派遣されても言葉は通じませんでしたが、
字に書くと命令を下達することはできたのです。

辛亥革命のあと、首都は北京から南京に移りましたが、
公用語を何にするかについては議論が絶えませんでした。
孫文の死後2年たってから、衆議の結果、
北京語になったのですが、広東語と2票の差だったので、
広東省の人たちはもし孫文が生きていたら、
きっと我々の言葉が国語になっていた筈だと不服で、
その後もあまり北京語を覚えようとしませんでした。
のちに小平が広州に行って、
「広東の人も少しは国語を勉強したらどうですか」
と注文をつけていましたが、香港も広東語圏ですから
少し前までは香港でショッピングに入って
北京語でいくらときくと、
高くふっかけられることがよくありました。
いまはもうそんなことはありませんが、
そんなに昔のことではありません。


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2003年3月29日(土)

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