第1153回
価値観を変える時が来ました

モノにもヒトにも、またおカネにも
それぞれ値打ちというものがあります。
値打ちにもおカネで評価できるものもあれば、
おカネでは評価できないものもあります。

たとえば土地はおカネで評価できるものの中で
最も重要視されてきたものであります。
とりわけ高度成長期は年々工業生産によって
富がつくり出されたのに対して、
土地は生産してふえるものではないので、
富がふえるのに比例して、
当然、假需要も勘定に入れて年々値上がりをしました。
銀行に行っておカネを借りる場合でも、
担保に入れる土地さえあれば、
簡単におカネを貸してもらえたので、
土地は値上がりすることはあっても、
値下がりすることはないという土地神話が生まれたのです。

ところが、高度成長期がすぎて、バブルがはじけると、
土地に対する需要が減退して
地価が値下がりをしただけでなく、
値があっても売り買いがないという事態さえ
発生してしまいました。
日本国中の銀行が土地担保の不良債権で
破産寸前まで追い込まれたのも、
土地神話を盲信して土地担保で莫大な資金を貸したからです。

土地にはいくらで売れるかという
おカネで勘定することのできる値打ちと、
その土地をどういうことに使えてどれだけの役に立ち、
またどれだけの利益をもたらすかという使用価値があります。
またそれを加工したらいくらに売れて
いくらのおカネをもたらすかという交換価値もあります。
これらの価値が確実に算出できれば、
土地はすぐにもおカネにかわるのですが、
世の中の変動が激しくて、人々の心の定まらない間は、
誰もおカネで評価する自信がないので、
土地に値段がつかないのです。

でも土地に値打ちがないわけではありません。
見定めがつかないだけのことです。
その見定めが人より早くつく人と、
おカネ以外の形でその値打ちを評価できる人にとって
土地は値打ちのあるものです。
そのことを考えなおす時期が近づいています。


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2003年5月7日(水)

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