第1385回
「リクルート」創業の臨場感を味わって下さい

「リクルート」の生みの親であった
江副浩正さんが最近書いた回顧録
「かもめが翔んだ日」を読ませていただきました。
(朝日新聞社刊 1800円+税)
扉をひらくと「67才の処女作」と
走り書がしてありました。

もう10何年も前になりますが
江副さんが假釈放されて出てきた時、
私はすぐに一席設けて
「あなたのような才能のある人が
このまま埋もれてしまうのは見るにしのびません
といって
日本国内で自由自在に活躍するのは
難しいでしょうから、
いっそ外国へ出たらどうでしょうか。
僕もできるだけのお手伝いをさせていただきますから」
と言いました。

すると、江副さんは
「とても有難いお話ですが、
この裁判は15年かかるんです。
これからの僕の人生は裁判に明け暮れて、
自由の身になった頃には
もう65、6歳になっているんですよ」

これには私も二の句がつけず
黙ってしまいました。
人の運命はちょっとした行き違いで
こんなにもかけ違ってしまうのかと
とても残念でした。

あとがきにも記されているように、
この本はリクルート事件には一切ふれておらず、
またふれるべきではないと
ご本人も考えているので、
自分の生い立ちからはじまって、
高収益でユニークな広告会社に育ったリクルートが
ご自分の手から離れて
ダイエーに譲られて行くまでを書いています。

人生意気に感じて、
細かいことに一切ふれずに
後始末を引き受けてくれたダイエーの中内功さんも
ダイエーの事業から一切手を引いて
流通科学大学の経営に専念しているとか。
こうした世の移り変わりを目の当りにして
改めてうたた荒涼の感を深くしますが、
江副さんの手を離れ、
更に中内さんの手を離れたリクルートは
「広告もまたニュースである」
という独自の世界を切り開いて
依然として高利益の進軍を続けています。
考えて見れば、
大学新聞のちょっとした切り口を突破して
ひらかれた新天地ですが、
どうか皆さんも
ご本人の口からきく臨場感を楽しんで下さい。


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