第1593回
故郷のことは思い出さないくらいがいい

「此間楽、不思蜀」という文句をご存じですか。
これは私が発明した文句ではありません。
またそう誉めた言葉でもありません。
でも私の心に何となくひっかかるものがあります。

三国志・蜀書の后主伝に出てくる言葉ですが、
劉備が死んでその後を継いだ劉禅は
ぼんくらのノンキ坊主で、
とうとう国を魏に滅ぼされ、
洛陽に移されてしまいました。
或る時、魏の司馬文王が劉禅と会った折りに、
「蜀の国のことを思い出しますか」ときいたら
「いいえ、ここが結構、楽しいので、
 蜀のことなんか思い出したりしません」
と答えて天下の笑い者になったそうです。

劉禅がぼんくらなことは
三国志演義の中でも出てきますが、
成都市にある諸葛亮孔明を祭る武候廟にも
祭られておりません。
一生を劉備に尽した智謀の軍師としての孔明は
蜀の国だけでなく、
全国的に人気の高い人ですが、
武候廟では孔明だけ祭って
劉備を祭らないわけにも行かないので、
正殿に劉備を祭り、
後殿に孔明を祭っています。
廟の両袖には劉備の家来たちの偶像が
ズラリと並んでいますが、
どこにも劉禅の像は見当りません。
それだけ見縊られた存在だったと言ってよいでしょう。

でも考え方によっては
一国の帝王という堅苦しい地位から解放されて
美女に囲まれて暮らす方が
ずっと気楽だったというのは
本音ではないでしょうか。
いまの私たちは皆それぞれに
故郷と過去のしがらみに縛られて生きています。
そうしたしがらみを断って遠く故国を去り、
異郷で生きる人はふえる一方です。
遠くにいて故郷を偲んでばかりいるよりも、
いま現に生活しているところで
人生の生き甲斐を発見するように努める方が
いい生き方と言えるのではないでしょうか。

そうした目で改めてこの文句を見ると、
なかなか味わいがあります。
人に何と言われようと、
環境に馴染み、故郷のことを忘れるくらい
毎日に張り合いがあれば、
こんな人生はまたとないのではないでしょうか。



- 此間楽 不思蜀 -

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