第1613回
渋谷の発展が私に教えてくれたこと

私が渋谷の発展を予想したのは
いまから40何年も前のことでした。
西武デパートが
渋谷に店をつくる話が持ち上がった時のことでした。
省線電車の環状線が停まる駅の上に
戦前から建っていた4階建ての
東横百貨店があるだけで、
NHKの本社もまだできていなかったし、
丸井なんかもとよりできていませんでした。

でも池袋に本拠地をおく西武が
進出してくるくらいですから、
戦後の日本で産業界の先陣争いをした実業家たちが
渋谷の将来性を見込んでいたのでしょう。
このあとを追いかけて
やっと渋谷に辿りついた私は
東急本社の隣りに小さなビルを建て、
次に原宿にこれまた小さな事務所を建てましたが、
その次にやったことは
西武百貨店からNHKに上がって行く公園通りに
マンションの一室を買うことでした。
まだ自分でマンションを建てるなんてことを
思いついてもいませんでしたし、
銀行に住宅ローンという融資制度も
できていなかった頃なので、
マンションを買う人のために
特別融資をするという
東海銀行の渋谷支店まで
わざわざ尋ねて行きました。

「何軒お買いになりたいのですか?」と
担当の人にきかれて、
「買えるだけ全部」と言いたかったのですが、
そう身分不相応なことも言えないので
「3室くらいならお金を貸してもらえますか」
と相談するような申し入れの仕方をしました。
一室20何坪でたったの650万円、
頭金を払った残りの支払いが
金利も入れて毎月7万円なのに、
人に貸すと月々10万円の家賃収入があるという
嘘のような恵まれた条件でした。
銀行の貸付係りから
ほかに屈辱的な条件を押しつけられたために
最終的に2室になってしまいましたが、
その2室を40何年たった今もなお持ち続けています。
もうとっくの昔に元をとった上に、
公園通りがそれこそ日本一の
ハイカラな通りになっていますので、
偶然にはじまったこととは言いながら、
不動産を買うなら1にも2にも3にもロケーションと
主張するようになった私の
買い根拠になったところです。


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