第1652回
私が中国大陸で一番やりたかった仕事

私が中国経済の発展して行く過程を見ていて、
一番やりたかったことは
日本のメーカーを連れて来て、
中国人のつくれない物をつくって
お金儲けをしたいということではありません。
それも大きな仕事です。
双方から感謝される仕事だし、
社会の富をそれだけふやしたことにもなります。

しかし、一番難しい仕事は
人に感謝されるような商品を売って
きちんとお金を回収する仕事ですから、
きちんとお金の回収のできるシステムを
どうやったらつくりあげることができるかということです。
中国には日本の商社のような機能を持った企業はありません。
商社、もしくは販売会社があって、
そこから商品を仕入れて
中小問屋や小売屋に卸す問屋というものもありません。
メーカーがあれば
その商品を専属に扱う小売店だけがあって、
それらの小売店を牛耳るだけでも
メーカーにとっては大仕事なのです。

大都会に行くと、
どこにも家電製品や家具や工業部品などを扱う
「城」と名のついた市場がありますが、
それは場所貸しをしているところであって、
日本のヤマダ電機とか
コジマとか言った大型小売店ではありません。
ましてや小売店に商品を卸す問屋ではありません。
どの日本のメーカーも
自分たちの商品を全国的に販売ができて
確実にお金の回収のできるシステムを
探がしているのです。
何しろ広大な中国のことですから、
全国にネットワークができたら、
それだけでとても利用価値のあるものになります。

そう考えたので、
どこかに手がかりはないものかと
虎視眈々とマーケットを睨んでいました。
そうしたら、たまたま私が世話をして
安微省の合肥市に現地工場をつくった
日立建機が生産したパワー・ショベルを
全国で売る必要が起ってきました。
で、私はその機会が来たぞと勇躍して
代理店を買って出ましたが、
現地の責任者である
上海の販売会社の総経理に
鼻先であしらわれてしまいました。


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