第1863回
京セラの工場見学をして考えた事

貴陽に行った時、
京セラの貴陽工場を見せていただきました。
郊外に新しくできた工業団地の中にあって、
携帯電話のパーツをつくっていましたが、
山また山の中にあるので敷地も狭く、
沿盆地帯の開発区に比べて
狭苦しい印象を受けます。
300名あまりの従業員に対して
12名の日本人が駐在していますが、
貴陽全体で日本人は
17名しか住んでいないそうですから、
如何に日本から遠い存在であるか
わかってしまいます。

私は京セラがこの地を選んだのは
安くてすぐれた労働力に目をつけたからだと
早合点していましたが、
京セラが申請した電話器事業について
認可のできる地域は
貴州省しか残っていなかったからだと
説明を受けました。
どちらかと言えば後発地区だったのと、
事業内容が中国国内で
同業者と猛烈な競争に曝されて
苦戦をさせられるアイテムなので、
総経理さんをはじめ12名の日本人にとっては
片時も目の離せないきびしい職場だと
すぐに気がつきました。

これは私が口に出す場面ではありませんが、
貴陽を基地にしてやる仕事は、
中国市場で価格競争をする商品ではなくて、
量産をして全商品を輸出する商品でないと
うまく行きません。
安くて良質の労働力をフルに生かして
徹底的なコストダウンで勝負をすることです。
私の知っている台湾の運動靴のメーカーは
台湾にそのまま残っていたら
もうとっくに潰れていますが、
いち早く大陸に工場を移して
アメリカの有名ブランドのOEMに徹しましたので、
現在は5万人の従業員を使って
年に1億足以上の靴を生産しています。

日本のメーカは
色んなパーツの組み合わせをやることによって
成り立っているのですから、
それぞれの地域の特徴を
フルに生かすようにすれば、
もっとうんと業績が上がるのではないでしょうか。
工場見学をさせていただいた上に
よけいな口をきいたのでは申し訳ありませんが、
これは出先の問題であるよりは
本部に責任のあることですね。


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