中国株、海外起業、海外投資、グルメ、ファッション、邱永漢の読めば読むほどトクするコラム

第3639回
日本にいたら仕事がなくなります

私が小説家を志して亡命先の香港から
大学生活を送った東京に舞い戻った昭和20年代の終わり頃、
日本人は皆、食うや食わずの貧乏生活を送っていました。
戦争に負けて海外にいた日本人も皆、4つの島に追い戻されて
自分たちの食べる食糧にも不足した時代ですから
飢えをしのぐのにも大へんな努力が必要でした。

しかし、手先の器用な日本人は物づくりにたけていましたから、
軍需工場を畳んでシンガーミシンや
ローライフレックスのコピーをつくってみないかと
アメリカやヨーロッパから乗りこんできた
バイヤーたちに誘われると、
たちまち工業生産に乗り出すようになり、
繊維や造船からはじまって遂に世界のトップを争う
精密産業や先端産業の一大工業国にのしあがったのです。

農業は土地がないとはじまりませんから
全国にまたがった人口の分布が必要ですが、
工業は交通が便利で人の集まりやすい所に集結しますから、
既存の大都市や港湾設備の可能な新興都市に人口が集中します。
そういう所に集団就職でいくらでも人が集まりましたから、
仕事がふえ続ける限り、人口の大移動が続き、
仕事はいくらでもありました。

人口の移動が限界に達して、それでも生産の拡張が続くと、
今度は工場の方が労働力を求めて地方に進出します。
やがて地方都市にも工場がつくられるようになると、
そこが頂点になって工場の海外移転がはじまりました。
仕事がある限りどんなに人口があっても失業の心配はありませんが、
一旦、仕事がなくなると、かつて人手不足に悩んだ国でも
失業に悩むようになってしまいます。
それなら仕事をふやせばいいじゃないかということになりますが、
人々が満ち足りた生活をするようになると、
物は売れなくなって仕事の量は逆に減ってしまうのです。
日本はまさにそういうほら穴に落ち込むところまで
来てしまったと言ってよいでしょう。
生産性の向上が
そういう産業界の周期を更に短縮化する方向に向っているのです。


←前回記事へ

2010年2月25日(木)

次回記事へ→
過去記事へ 中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」
ホーム
最新記事へ