| 第39回元祖パテントマフィアはエジソン?
 トーマス・アルヴァ・エジソン。特許に縁がない方でも知らない人はいません。
 白熱電球、蓄音機、映写機、電話などを発明し、
 生涯特許取得件数は1000件を越えます。
 また、史上初の職業発明家とも言われ、
 白熱電球を売り出すために設立した会社は、
 GE(ゼネラル・エレクトリック社)の元となっています。
 しかしながら、エジソンと特許訴訟との関係は、意外に知られていないかもしれません。
 例えば、エジソンは映写機の発明者として、
 ハリウッドの発展に大いに尽力しましたが、
 彼は、当時ライバル関係にあった同業者たちを次々と裁判所に訴え、
 これを排斥することに力を削ぎました。
 「私の人生の3分の1は訴訟に割かれた」
 との生前のコメントまで伝わっているくらいです。
 映写機絡みの裁判ですと、10年にも及んだものがあったようです。
 だからといって、かの偉大なエジソンを「元祖パテントマフィア」といってしまうのは
 無理があるかもしれません。
 エジソンは、自らの発明(事業)を守るために
 訴訟という手段を使ったわけですから、
 物を作らずして大企業からお金をせしめる輩とは、
 もちろん一緒にできません。
 しかし、彼の後半生を見ると、華やかな前半生とはうって変わり、特許訴訟に明け暮れて極度に頑固になってしまい、
 周囲からの尊敬も薄れていった足跡をたどることもできます。
 したがって、晩年のエジソンには、
 もしかしたら現代のパテントマフィアにも通ずる
 「発明家というよりは特許屋」という一面が
 あったのかもしれないと思うのです。
 発明を成して事業を起こすために、膨大なお金がかかることがあります。
 ましてや、エジソンのように電化製品を大量生産する事業となると、
 開発費はもとより、
 設備投資や販売網の確立にもたくさんの資金が必要だったでしょう。
 また、彼の伝記を読めばわかりますが、
 数々の事業の失敗もありました。
 そうした失敗から立ち直るために、
 手許にある特許を元にして訴訟を起こし、
 資金を確保する必要があったのかもしれません。
 晩年のエジソンには、事業の失敗による損失を抱え、特許訴訟に明け暮れる陰惨な日々も見られますが、
 彼の業績を見れば
 人類の歴史に名を残す偉大な人物であったことは紛れもありません。
 私自身、エンジンの足跡を
 これからも学んで行きたいと思っています。
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