元週刊ポスト編集長・関根進さんの
読んだら生きる勇気がわいてくる「健康患者学」のすすめ

第551回
どっこいお婆ちゃんの大往生

ちょっと私ごとの話で申し訳ないのですが、
「どっこいお婆ちゃん」が米寿88歳で大往生しました。
先週、土曜日の早朝4時過ぎのことでした。
どっこいお婆ちゃんといえば――
拙著「母はボケ、俺はガン」、そして
最近出版した「こうすれば50歳から病気知らず」
読んだ方なら、きっと思い出すことでしょうが、
マダラにボケながらも
「どっこい!どっこい!」と奇妙な掛け声を上げながら、
わが身を叱咤して、
まるでボケ闘病までも楽しむかのように過ごした
わが老母のことです。

いまから6年前、僕がガンを患ったのと時を同じくして、
痴呆徘徊癖がこうじて大腿骨を骨折、
以後「どっこいお婆ちゃん」は
老人病院のベッドの上で寝たきり治療と闘ったわけですが、
まさに「2世代倒病」というか、
親子共倒れというか、典型的な長寿難病の災難が、
わが家に襲いかかったことになります。

しかし、人間の運命って
ほんとうにいろいろあってわかりませんね。
このコラムでも何度も書きましたが、
僕のガンは奇跡的にも、
妻や絶倫くん、獏さんといった親友たちのアドバイスのお蔭で、
「切らずに治る」という幸運に恵まれたわけですが、
もうひとつ生きる勇気を高めてくれたのが、
老人病院のベッドの上で、
「どっこい!どっこい!」と呟きながら、
ときどき見せてくれる、この母の明るい笑顔でした。

はじめは「わが老母を残してガンで死ぬことはできない」
などと、僕は思い上がったことを考えておりましたが、
やがて見舞を続けているうちに、むしろこの母から
長い人生をいかに賢く生き抜くべきか?という、
人生の術(すべ)を教えられていることに気づかされたのです。

母は10代の頃からの純朴なクリスチャンで、
その処世訓というか口癖は
「明日のことは思い煩うな」――この一言でした。
そして、不幸な目にあっても、
日々、明るく努力を惜しまなければ
必ず報われると固く信じて、
いつもツキを呼び込む不思議な運勢の持ち主でした。

そして、人生の最後でも苦しむことなく、
すーっと息を引きとる幸運に巡りあうことが出来たのです。
この世知辛い世の中だというのに、
お世話をしてくれた老主治医と
若い看護師さんたちはじつに献身的な人たちでした。
すでに肺に水が溜まり、腎臓にも腫瘍ができて、
排泄も心肺機能も老化していく母に、
無謀な延命治療は避けてくれたのが有難いことでした。

それでも、最後の最後まで、
「どっこい、どっこい!」と
母は必死に酸素マスクから息を吸い込んで、
不肖の息子が駆け付けるのを待っていたに違いありません。
深夜、埼玉の病院まで車を飛ばして病室に駆け込み、、
はや冷たくなった母の手を握って、
わずか10秒足らずの出来事でした。
「おばあちゃん」と声をかけると
「わっ!」と一言、小さく呟いたかと思うと、
ス―ッと息を引き取ったのです。

おそらく親子の間には
目に見えない糸が繋がっているのだと思います。
「人生ってこんなもんだよ、どっこい!」
最後の一言が、そう笑っているように聞こえました。
米寿88歳、いかにも、どっこいお婆ちゃんらしい大往生でした。


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