元週刊ポスト編集長・関根進さんの
読んだら生きる勇気がわいてくる「健康患者学」のすすめ

第785
ガンもボケも一緒にやって来る?

さて、僕は6年前に、ガン病棟にノートパソコンを持ち込んで、
「母はボケ、俺はガン」(日経BP社)を発表してから、
それこそ、西洋医学から東洋医学、
代替療法まで、
自分に相性のよさそうな療法を組み合わせて、
幸運にも、再発も転移もなく
延命できたわけです。

一方、80歳を過ぎて痴呆症状におちいった母は、
2年間の在宅介護のあと、
僕がガン病棟に入院したこともありまして、
以来、5年間、介護病院に入院し、
いわば寝たきりの生活を過ごしたのですが、
これまた、病院の心ある主治医と看護師さんたちの
温かい支えがあって、ことしの正月に
88歳で、苦しむこともなく大往生したわけです。

母の痴呆闘病を思い出すにつけ、
その7年間は世間で言われるような、
漫然と「死を待つ」姿ではありませんでした。
時々よみがえる「正常な意識」の中で、
母は必死に食事をし、排便をし、入浴を楽しんでおりました。
調子のよいときは、得意の歌を
「どっこい、どっこい」と掛け声を入れながら歌いました。
たしかに苦しいことが大半でしたでしょうが、
ときに故郷の地名をいくつか叫んだりして、
楽しかった少女時代の思い出に浸り、
ニヤッと笑いを漏らしたりしておりました。

ああ、僕のガンも『生きている証し』なら、
母のボケも、まさに「生きる闘い」なのだと思いました。
決して、作家やジャーナリストが気軽に書いている
『死ぬのならボケよりガン』とか、
「ガンはボケよりマシ!」とかいった、
生半可な幻想・誤解とは違うものなのです。

繰り返しますが、
この長寿難病社会では、
「ガンとボケ」のダブルパンチも体験して、
長い人生を過ごしていかなければならない――
それが現実なのです。
もっともっと、僕たちは、
「ガンとボケ」について勉強していかなければいけません。
あなたはどう考えますか?


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2004年10月20日(水)

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